芸術に関する考察

平安隆ライブ

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 友達の誘いで、沖縄民謡のライブに行った。ライブと言っても、小さな沖縄料理屋で余興のようなものだけれど。ただ、平安さんという人は、沖縄関係の有名な歌手やグループの仕事などもしているようだし、歌や演奏に力があった。
 
 初めはあまり人がいなくて、数人でじっくりその人の曲を聴く感じだったけれど、後の方は人も増えてきたし、不思議な盛り上がり方をしているおじさんなどもいて、雰囲気ががらっと変わった。

 多分演奏者としては、静かに、もしくは、正しいノリで聴いてもらいたいのだろうけれど、「生」のものには、質のばらつきが出るのも当然だ。客が側にいるということは、時にはありがたいことであり、時にはとてもつらいものだろうと思う。けれど、家に一人こもって小説など書いていると、自分の言葉がどれくらいの強さで、どのように人に伝わるのか、知りたくもなる。

 それから、数人でその人の曲をしんみりとした気持ちで聴きながら思ったのは、すぐ側にいる誰かの心を掴めなくて、誰の気持ちが掴めるんだ、ということだった。大きな賞をとって、人に認められるのもいいけれど、何かを表現する者は、側にいる人に気持ちを伝えることをまず考えるべきだと思った。

 ひとつの夢を真剣に追うということは、この世の中では、実はかなり特殊なことだ。そして、人になかなか分かってもらえない価値観を常に心に持ち続け、努力し続けることは、時にはかなり厳しい戦争のようなものでもある。周りにいる人の「ごく普通」の価値観に負けないようにと強く思えば、それは心を閉ざすことにもなっていく。私は他の人達とは違う、一種の選民思想に、気がつくとはまっていたりして……。

 でも、そんな頑なな、閉じた心では、多分なにも人に伝えられないのだろう。そんなメッセージを、優しい沖縄の音色から感じ取った。それは、私の偉そうな考えに対する批判でもあり、そして、もっと肩肘張らずに、できることを、自分の精一杯でやっていけば、結果にそうこだわることもないんだよ、誰かは分かってくれるという慰めでもあるような気がした。

 演奏が終わった後、平安さんと少し話した。平安さんは五年ほど前までずっと沖縄で暮らしていた人らしいけれど、もっと沖縄のイメージを変えていく必要があるということを言っていた。沖縄だって今は日本の一部なのであって、沖縄=戦争みたいな暗いイメージだけを伝えて欲しくない。もっと、今の沖縄を伝えてくれる人がたくさん出てくればいい、と。

 それを聞いた友達が、韓国の問題も同じですね、と言っていたけれど、たしかにそうだなと思った。

 私なんかは生まれた時から「沖縄は日本」だった世代だから、ただ海がきれいだとか、元ちとせはいい、とか、そういう感覚で、沖縄を捉えていって、その程度の重さで、表現していってもいいのかなと思った。

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