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エイブラハム『引き寄せの法則』これだけは押さえておきたい基本10

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最初は、『引き寄せの法則』を本ごとに解説していこうかと思いましたが、すべての本には同じ「前提条件」の話があるので、まずはエイブラハムの『引き寄せの法則』関連本に書かれている基本概念を10のポイントに絞ってお伝えしたいと思います。

 

基本概念1:私たちはソースの一部である

「ソース」というのは、「神」と言われたり「天」と言われたりもする、人間の力を超えた大きな存在と、そのエネルギーみたいなものです。

スピリチュアルな世界を信じている人(「死んだら天国に行く」と思っている、というレベルまで含む)でも、「人間として産まれる前は、神の国にいて、死んだらまたそこに戻る」というイメージを持っている人が多いはずです。

でも、エイブラハムは断言しています。

「物質世界の存在」はよく自らを死んだとか生きているとか考え、その考え方のなかで、自分はこの物質世界の身体に宿る前には「見えない領域」にいたし、物質世界における死ののちにはその「見えない領域」に戻るのだろうと思う。

だが生きている今もその「見えない部分」が力強く存在し、「見えない領域」に焦点を定めていて、その視点の一部が物質世界の視点と「現在の」身体に流れ込んでいる

つまり、自分が目の前の現実世界のことでいっぱいいっぱいになっているから、普段「ソース(エネルギー)」との同調が感じられないのだけれど、良い気分でいたり、ぼーっとして抵抗の波動を出す思考を止めれば、ソースとつながれる、とエイブラハムは徹底して言っています。

アルキメデスが浮力についてひらめいたのはお風呂のなかだったとか、ニュートンは落ちてくるリンゴを見て、重力に気づいたとか、色々な逸話がありますが、これも見方を変えると、

ひらめきは、(現実をこねくりまわすような)思考を止め、ソースと同調するときにくる。

ということの証明かもしれませんね。

基本概念2:ソースは常に私たちを評価している

そしてそのソースは、私たちを常に高く評価しているのだと、エイブラハムは言います。

何を達成したからでも、何を手にしたからでもなく、ただ存在そのものを常に肯定的に見ているのだ、と。

たとえば丸い大きなスライム上のボールがあったとして、そこのほんの一部分をつまみ出して、ぐいーんっと伸ばしたその先端が、私たち「人間」なのです。

大きなスライム上のボール全体が「ソース」です。

私たちはつまり、「ソース」の側から見ると、「ソース」から離れて地球という場所に、新たな体験をしに行った、勇気ある探検者みたいなものなのです。

勇気もあれば、能力も、知識もすべてあるから、選ばれた、人握りの「勇者」だと思ってもいいかもしれません。

「ソース」は、私たちが地球に降り立ったことで、スライム上のボールにいながら、地球という「最先端」を経験できている。そのことに、ただ感謝しているわけです。

だから、ソースは、私たちが地球で何をやっても「新しい体験」として、それを喜び、常に「よくやった」「頑張っている」「すごいぞ」と思ってくれているということですね。

基本概念3:気分が悪くなるのは、「ソース」とずれた考え方をしているから

「あなたの気分がいいこと以上に大切なことはない」と、エイブラハムは繰り返し言っています。

「気分」「感情」というのは、エイブラハムの教えを理解するうえで、大事なキーワードです。

結局、『引き寄せの法則』というのは、「思考が現実化する」ということなのですが、「思考」というのは、人間は一日に何万回も思考するそうで、ひとつひとつは見張れません。

ただ、正しい「思考」をしていれば、気分が良い。間違った「思考」をしていたら、気分が悪い。だから、今、自分の思考が「良い方向」に向かうものになっているか、それとも違うかは、感情(気分)に注意しさえすれば、すぐに分かる。

そう、エイブラハムは言っています。

そして、なぜ「良い気分」だと、正しい流れに乗れているということになるのか、というと、

「いい気分」=「ソースと同調している」=ソースと同じ考え方をしている

「悪い気分」=「ソースが流れ込むのを阻害している(抵抗している)」=ソースと違う考え方をしている

という公式が成り立つからです。

たとえば、「自分はダメだ。バカかもしれない。こんなんじゃ全然だ」と思うと、気分は悪くなります。

これは、本当はソースは「あなたは素晴らしい」と思っているので、それと違うからです。

他にも、

「このペースだと、1か月後の締め切りに間に合わないだろう」
「また明日も上司に怒られるだろう」
「今度の試験に失敗したら、終わりだ」

など、嫌な気分になる思考があれば、それはすべて、ソースの評価と違っていると思えばいいわけです。

といっても、すぐにその思考を直すことは難しいもの。どうやって、気分の悪い思考を「ちょっとましな思考」「もうちょっとましな思考」「ちょっとよい気分になる思考」……と変換していくかは、『実践・引き寄せの法則(青本)』に載っているので、参考になります。

基本概念4:思考には2種類しかない

そして、思考には基本的に2種類しかない、とエイブラハムは言います。

それは、「望み」にフォーカスしている思考と、「望まないもの」にフォーカスしている思考。

「望むことを考えれば実現する」と言いながら、実現しないのは、「望み」にフォーカスしているようで、「望まないこと」に実は焦点を当てているからなのです。

たとえば、
「ちょっと太ってしまったから、痩せないと」と思ったとします。

そのあと、5キロ痩せて、今、きつくなってしまった服が余裕で着こなせるようになって、気分がいい、という未来をイメージし、その気分の良さから意識をそらさなければ、「望み」に焦点を当てていることになります。

でも、多くの人は、「痩せたい」と思った次には、「あ~、やっぱりこのスカート、キツイ」とか、「先週、食べすぎたからいけないんだ」とか、「疲れたから甘いものを食べたかったけど、がまんするか」とか、あまり気分が良くない思考を次々に生み出していきます。

これは「痩せたい」という望みにフォーカスしているのではなく、「太ってしまった」という望まないことに焦点を当てていることに他なりません。

『引き寄せの法則』を正しく作用させるには、まず、ここの「思考の違い」に気づくことが重要です。

そして、よい思考を選ぶためには、ただ「良い気分」を毎瞬選択すればいいだけだ、ということが腑に落ちると、「実践」ができるようになってきます。

基本概念5:波動を合わせなければ、受け取れない

また、『引き寄せの法則』が上手く作用しないように感じるのは、もうひとつ、はまりやすい落とし穴があるからです。

エイブラハムはこう言っています。

「望まない現実を体験し、望むものを明確にしたとき、“波動”の現実で、それは実現化する」

つまり、高いソースのレベルでは、それはもう生まれているのですが、ただ、それだけでは私たちは望むものを受け取ることができません。

望むものを「受け取る」ためには、自分の波動を、「ソース」を同じ高い位置まで持って行く必要があるのです。

『引き寄せの法則』の重要なポイントは、実はここです。

望むものを明確にするとか、高級車を得た気分になって、それを運転している気になるとか、そこが大事なのではないのです。

なぜなら、高級車を欲しいと思い、それを手に入れて運転しているイメージをしたとしても、心のなかで「でも、そんなの、無理だろうな」と思っていたら、それは叶わないのです。

「無理だろうな」と思うレベルの人は、まだ、得たいものと波動の落差がありすぎます。

だから、エイブラハムは、分不相応なほど大きな夢を持って、わくわくして、それを叶えていきましょう、などということは、一度も言っていません。

もっと小さなことでも、「あ、嫌だな」という体験をしたら、そこから「じゃあ、自分は何を望むの?」と望みを明確にし、あとは、「嫌だな」と思ったことは忘れて、「望むようになったら、どんなふうにいいのだろう」と想像し、その波動に近づけましょう(つまり、少しでも気分を良くしましょう)と言っているのです。

「基本概念4」とも重なりますが、とにかく、「気分を良くする」=波動を上げることが、何より重要なのです。

そうすれば、半分無意識にでも、「あぁなればいいのに」と過去に思ったことがある、様々なことが、「あ、叶っていた」となります。

気分よく過ごしていると、「あ、そういえば、そんな願望を持ったな、前」ということが、さらりと叶っていて、本当、驚くことがあります。

基本概念6:ヴォルテックスにいる人以外、力を持たない

エイブラハムは、「良い気分」から「悪い気分」まで、感情を22段階に分けて説明しているのですが、上位3位くらいまでの「良い気分」でいることを『ヴォルテックス』と表現します。

とにかく、ヴォルテックスにいさえすれば、望むものはどんどん向こうから近づいてくるから、行動するよりも、まずは、ヴォルテックスに入ることが大事、だと。

(ヴォルテックスに入ることで、ひらめきが来るので、そのときひらめいた行動だけをしなさい、と)

そして、こんなふうにも言います。

「誰かを助けたいと思うなら、自分がまず良い気分でいなさい。ヴォルテックスにいる人以外、人に良い影響を及ぼすことはできません」

悲しんでいる人の話を聞くと、一緒に悲しい気持ちになってしまったり、つらいニュースを聞くと、一緒に深刻にならないと冷たい人のように感じられたりします。

でも、一緒に悲しんでいるだけでは、世界は良くならないのです。

本当に世界を良くしたいと思うなら、世界の悪いニュースからまずは目をそらし、自分が良い気分になること。そう言うエイブラハムの教えには、反論する人もいるかもしれませんが、ぶれず、ずっと同じ発言を続けるエイブラハムの言葉に触れていると、確かに、それ以外に世界を良くする方法はないのかもしれない、と思い始めます。

基本概念7:欠如から生まれる行動は、欠如しか生まない

「基本概念6」と少し重なりますが、人に影響を及ぼすためでも、自分がしあわせになるためでも、とにかく、

「まず、ヴォルテックスに入る。それから、行動する」

というこの順番が大事だとエイブラハムは繰り返し言います。

そして、「欠けている」という想いから行動しても、それは欠如感をより一層強めるだけだ、とも。

多くの人は、「欠けているものがある。だから、それを埋めるために行動する」というのが、当たり前になっているので、最初はよく意味が分からないかもしれません。

 でも、一度理解できると、無駄な行動が減り、行動にレバレッジが効くようになります。

これもまた、例を出して考えましょう。

「基本概念4」で、「太ってしまったから、痩せたい」と思った人を例に出しました。

この人の「あ~、スカートがキツイ」「食べすぎだから、もっと節制しなきゃ」というあまり気分の良くない思考は、「望むもの(この場合は、スタイルの良い自分)が欠けている」という出発点なのです。

その「これじゃあ、ダメだ」という想いを持ったまま、「だから、(それをどうにかするために)運動しなきゃ、食事を減らさなきゃ」と行動を開始しても、その行動は楽しくないし、良い結果にもつながりません。

なぜなら、その人は良い気分ではいないし、その状態で思いつく行動はけっして楽しいものにはならず、実際、始めてみても楽しくないから、気分も良くならないのです。

そして、気分が良くならなければ、波動も上がらず、「望むもの」に近づけません。

じゃあ、どうしたらいいか?

すぐには行動しないようにするのです。

まずは、理想の体型になっている自分をイメージし、「どうやって」そうなるか、ではなく、「どうして」そうなりたいのかを考えます。

「どうして」を考えると、痩せたら、こんないい気分になれることがあるだろうなぁ、など、「気分が良い」、つまり「望むもの」の方向にきちんと向いた思考ができます。

その時点で、何か「あ、あれ、やってみよう」と思いついたことがあれば、やってみます。

でも、何も思いつかないなら、しばらく放っておきます。「ま、一つスカートがきつくなったくらい、全然問題ない。また新しいのを買う楽しみが増えた」など、気楽に構えます。

そして、関係のない日々の生活を気分よく送っていると、なにかメッセージが来ます。

それは、「あ、そういえば、〇〇さんが最近ヨガを初めていいと言っていたっけ」となにか思い出す感じかもしれませんし、たまたま見かけたスポーツクラブの広告になんか惹かれる、というものかもしれませんし、「美味しい玄米もらったから、あげる」と急にもらう、という形かもしれませんし……

どんな形かは分かりませんが、なにかが来るのです。

悪い気分で行動すると、物事がどんどん悪化します。私は基本、待てずに、「動かなきゃ」と、ばたばた闇雲に動き回るタイプだったので、よく分かります(笑)

でも、「やりたい」という感覚がないときは、動かないほうがいいということが、最近、分かりました。

やったほうがいいことは、待っていると「やりたい」という気分になる時期がちゃんと来ます。それも「やりたい」と思える方法のヒントも一緒に。

まずは、ヴォルテックスに入りましょう!

基本概念8:生きているということは、まだ叶っていない願望があるということ

 エイブラハムが言うには、私たちは「望まないものを見て、望むものを知り、その望むものを創造する」ためにこの世界に生まれてきました。

 ですから、「望む」→「叶える」→「望む」→「叶える」→「望む」……というこのループこそが、本来の形である、と。

 だから、「望むことがすべて叶って、もう満足だ」という状態は、死んだ状態でしかない、と。

 ちょっと極端な説明の仕方の気もしますが、「叶っていない願いがある状態こそが、生きているということ」という考え方は、ちょっとほっとします。

 ま、本来は、願うことをどんどん叶え、そしてさらなる願いを産む、というのが健全で、ずっと叶えられない夢を抱いているというのは、やや不健全なのでしょうが。

 なかなか叶わない夢があると、「これはもう無理かな」などと想い、実現をさらに遠ざけがちですが、その思いこそが実現を妨げているのだと認識しないといけませんね(自戒)。

基本概念9:私たちは他人の行動に脅かされない

 私たちは、人に評価されれば喜び、自分に価値があると思い、人にけなされれば、不快な気持ちになり、(自分の気持ちが弱っていれば)その否定的な言葉を真実として受け入れてしまいます。

 また、自分の近くに、自分と違う思想の人がいれば、自分の思想や存在が脅かされるのではないかと恐れます。それで、違う考えの人がいると、その考えを「正そう」と、弁を振るってしまったりします。

 でも、エイブラハムは言います。

「あなたが影響を受け入れること認めなければ、それはあなたにとって、何の力も持たない」

 と。

 つまり、たとえ人に批判されても、「お前は間違っている」と言われても、相手の言葉を真実だと受け入れてしまわなければ、相手の言葉には何の力もないのです。

 相手の言葉に反応し「確かに自分はダメな奴かもしれない」「自分は間違っているのかもしれない」と認めた時にだけ、相手の言葉には“力”が生まれます。

 エイブラハムの思想になじみがないと、なかなか理解できないかもしれないのですが、でも、この基本概念の理解はとても大切です。

 すべてのものに「力」を与えるのは、結局、「自分」でしかない。

 その宣言ほど、力強いものはありません。

基本概念10:結局「外」には何もない

 基本概念9とも重なることですが、とても大事なことなので、この思想を10として、この記事をまとめたいと思います。

 以前、『鏡の法則』という本がベストセラーになったこともあります。この本が言っていたのも、

「自分の心次第で、外の出来事など変わってしまう」

ということですが、結局、スピリチュアルな思想を極めていくと(座禅を組み、仏道を極めても、似たところに行き着くようですが)、結論はここになります。

 結局、「外」には何もないのです。あるのは「内側」だけなのです。

 外の出来事は、自分の内側がどうなっているかを見せてくれる、それこそ「鏡」です。

 多くの人は、気に入らない人がいると、その人をどうにかしようとします。その人の行動を変えさせようとしたり、その人が自分から離れるように仕向けたり。

 でも、「気に入らない人」はただ、「あなたの内側に、問題がありますよ」ということを教えてくれるだけの存在です。

 鏡の中に映っている自分の髪型が気に入らないからと言って、鏡の中の自分の髪形を変えようとする人はいません。こちら側にいる私の髪形を直せば、鏡の中も変わると知っています。

 現実も、実はそれと似たようなことなのです。多くの人がこの法則を知らないだけで。

 私も「外側の出来事」にしばしば「チッ」とか苛立ったりしていますが(笑)、でも、「あ~、むかつくっ」と数十秒腹を立てたら、収まります。

 外の出来事に力を加えようとしても、それは仕方のないことですから。

 有意義に生きる方法は、「外」を見て、自分の願望を明確にしたら、内側に集中して、波動を高め、その願望の結果をただ「外」で受け取る……という繰り返しでしかありません。

内側に力を戻しましょう!

まとめ

 この記事は、2年半ほどエイブラハムの思考に浸かったあとに書いたものですので、急にこの文章だけ読んで、すべてを理解できる人はいないと思います。

 でも、エイブラハムの本を読んで「どういうことだろう?」と思った人、「引き寄せの法則」につまづいたと感じている人の何か参考になったら、嬉しいです。

 このサイトには、今後もエイブラハムの本の紹介や、エイブラハム理論の実践や解説を書いていきたいと思います。良ければ、そちらも参考にしてみてください。

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