映画(か行)

新海誠「言の葉の庭」:描写とストーリーの絶妙なバランス

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もう一つ運営しているブログの方に集中していた5年ほどの期間、本や映画のレビューをほとんど書いていませんでした……。

これから、この5年のあいだに読んだり見たりして、「この良さだけは伝えたい!」と思ったものは、少しずつ振り返って書いていきたいと思います。

「君の名は。」「天気の子」もいいけど

「言の葉の庭」は、「君の名は。」や「天気の子」を作った新海誠監督の作品。

1時間くらいの短い映画で、1000円という鑑賞料金で公開されていたらしい。

私は新海監督のことは、「言の葉の庭」の前の前の作品にあたる「秒速5センチメートル」のときに知ったのだけれど(当時ファンだった山崎まさよしの音楽が使われていたので)、その頃は「綺麗だけど……」で終わっていた。

そのあと、「君の名は。」の大ヒットで再び出会い直し、「やっぱりきれいだなぁ」と思い、そこまでだったのだけれど、Amazon Primeで新海監督特集が組まれていたときに、何気なく見始めた「言の葉の庭」に衝撃を受けた。

描写とストーリー・設定の絶妙なバランス

これはもう、ただの好みの問題なのだけれど、私は小説でも、「描写、文体などの芸術的要素」と「ストーリーや設定などのエンターテイメント要素」のバランスが良いものが好き。

(いや、芸術的要素に微妙に傾いているくらいが好きかな)

でも、いっとき、そのバランスが自分でよく分からなくなっていて、そんなときに「言の葉の庭」を見たから、

「あ~、このバランスなのよ!」

と、なんかとても嬉しかった。

ストーリーを動かすだけの設定があり、物語は着々と最初から最後に向かって動いていく。そしてラストにだけ、一つの盛り上がりのシーンがある。

(何度も見ているのに、4,5回泣いてる(^^;))

  

でも、この映画を「泣けます」なんて売る人はいないだろう。

最後のそのシーン以外は、淡々と、でもしっかりとした足取りで進んでいく。

映像(絵)は、文句のつけようもない美しさで、その美しさは非常に計算された緻密さで描かれているのだけれど、流れる時間はゆっくりで、だから、不思議な「余白」を感じる。


話は全然変わるのだけれど、以前、お笑いのコンテストで、「スリムクラブ」の非常にゆったりとした漫才をベテランのお笑い芸人がこう評していた。

「時間の制限があるこういうコンテストでは、みんな必死に詰めこんでくる。こんなにゆったりとした漫才を作るのには、度胸がいる」

だからすごい、みたいなことだった。


映画の場合、芸術的なもののなかには、非常にゆったりとした時の流れを感じさせるものとか、要素をそぎ落として、必要最低限にして、「余白」を感じさせるものは多くある。

でも、新海さんの作品は、「芸術」か「エンタメ」か、どちらかと言えば、「エンタメ」のように感じるのだけれど、きちんと「エンタメ」を成立させながらの、あのゆったりとした空気感は凄いと思った。

それはもちろん、あの美しい描写を見せるための「ゆったりとした流れ」なのだけれど、そう考えると、何一つ過不足がない感じ。

(ちゃんとストーリーはあるんだけど、それを「あらすじ」として書いてしまうと、多分、この映画の良さが伝わらなくなってしまうと思うので、あえて書かないでおく)

 

「天気の子」についてのインタビューの言葉がツボ

新海監督の作品は、Amazon Primeでは全部見てみたけれど(初期の頃のは途中で挫折)、一作一作、テーマや描き出す世界や、世界の描き方が違って、なんだかとてもバラバラな感じがする(絵の感じだけはずっと変わっていない)。

でも「君の名は。」と「天気の子」は、明らかに同じテイストなので、評価する人が多い状態が続けば、きっとこの路線で進むのだろうな。

個人的には上記2つは、エンターテイメントに偏りすぎていて、そんなには好きじゃない。嫌いではないので、多分新作もまた見に行くけれど、「言の葉の庭」みたいに、繰り返し繰り返しは見ないだろう。

 

でも、ネット上で新海監督のインタビュー記事を読んで、その言葉はツボだった。

『君の名は。』は災害をなかったことにする映画だという意見をいただいた。(略)彼らが怒らない映画を作るべきか否かを考えたとき、僕は、あの人たちをもっと怒らせる映画を作りたいなと(思った)

「天気の子」のラストは衝撃だったし、これだけ注目されているなかで、あのラストを選択できるって、どれだけの胆力なんだ!と、感嘆した。

そのあとに、このインタビューの言葉を知って、さらに衝撃。

そんなふうに新海監督のメンタリティをちょっと覗き見ると、「言の葉の庭」のあのゆったりと進む世界を作れたのも、やっぱり「度胸」の問題だったのかもしれない。

優れた表現者ほど、自分の表現、アウトプットに腹をくくっているな、と最近、思う。私も、ブレず、信じる方へ突き進みたい。

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