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文学的エンタメ 柚月裕子『盤上の向日葵』

2017年に出版され、2019年にNHKのプレミアムドラマになったもなった作品だけれど、

今年秋には映画にもなるらしい。

坂口健太郎×渡辺謙。

おぉっ、気になる。

 

柚月さんの実力をひしひしと感じる本

柚月さんの本は今年初めて読んだ。

『風に立つ』という新聞に連載されていた作品。

それは、「補導委託(問題を起こし家裁送致された少年を一時的に預かる制度)×南部鉄器職人」というテーマで、なかなか興味深い内容ではあったのだけれど、新聞連載だったせいか、正直ちょっと中だるみ感があり、「この作者には、絶対、もっと素晴らしい作品があるはずだ!」みたいになぜか感じた。

 

で、次に読み始めたのがこの『盤上の向日葵』

柚月さんのプロフィールを見ると、色々賞を獲ったり、話題になった作品もあるようだったけれど、将棋というテーマが気になって手に取った。

(私自身は将棋はまったく分からないのだけれど、漫画では『三月のライオン』が好き!)

 

読み終わった感想は、「痺れた」!

こういう言い方は失礼かもしれないけれど、『風に立つ』の比ではない。

将棋の真剣勝負のひりひりした感じが、本全体のひりひりし、研ぎ澄まされた空気感になり、

非常に良かった。

 

刑事と棋士

『盤上の向日葵』は、ミステリー小説なので、最初に事件が起こり、それに端を発して刑事が捜査を始める。

 

事件は殺人事件かはまだ分からない。

死体遺棄事件かもしれないし、殺人+死体遺棄事件かもしれないという形。

ただこの事件の特徴的なところは、非常に希少価値の高い、芸術品とも言える将棋の駒が遺体と一緒に埋められていたということ。

 

遺体は亡くなってからもう数年が経っていて、白骨化しているので、身元の割り出しには時間が掛る。

そこで刑事は、将棋の駒から事件を追いかけ始める。

 

将棋が深く関係しているだろうということで、以前プロ棋士を目指していたものの、年齢制限の壁に阻まれ、棋士の道を諦めて刑事になった人が、異例の抜擢を受ける。

で、その人と、ベテラン刑事がタッグを組み、“犯人”を追う。

 

一方で「現在」、

七冠をかけたエリート棋士と、経営者から異例の転身を果たした棋士とが真剣勝負をしている。

 

物語は、経営者から異例の転身を果たした上条桂介という棋士の子供時代の話になる。

 

共感できるわけでもないのに惹きつけられる魅力

子供時代から頭が良かった上条は、凄惨な家庭に育ちながらも、

将棋の才能を開花させ、さらに東大へと進む。

 

しかし“異才”は、異才を引き寄せる。

上条は、頭脳ゲームとして将棋を指す東大の将棋部には目もくれず、将棋道場に足を運ぶが、

そこで“真剣師”と呼ばれる、金銭を掛けた勝負しかしないという棋士・東明重慶に出会う。

 

人としてはクズなのに、将棋の腕は上条が知る誰よりも優れ、

一つの勝負に命を懸けるような東明の姿に、上条は引き寄せられていく。

 

東明には決して、共感などはできない。

でも東明の差す将棋の、ひりひりするような緊迫感は、この物語自体の緊迫感、緊張感となり、

物語を先へと引っ張っていく。

 

天才的な上条にも、主人公であるのに共感はできない。

それでも、上条が心の奥に燃やす暗い炎のようなものに、気づくと囚われてしまう。

そして、それはきっと、上条が東明の暗い炎に惹きつけられたのと同じだろうと気づく。

 

どんでん返しなど売りにしない“文学”

ミステリーはよく、どれだけ読む人を驚かせる“どんでん返し”を仕掛けているか、で評価されることもある。

でもこの作品は、そんなところでは勝負していない。

 

“刑事もの”であり、“ミステリー”というジャンルにカテゴライズはされるけれど、

これはもう“文学”でしかないと感じる。

 

東明が一試合一試合に真剣に臨んだように、

その東明を上条が真剣に見つめ続けたように、

作者はこの世界の構築に、魂を削るような意気で臨んでいるのではないかと感じる。

 

そんな、読む人の魂を震わせるような作品だった。

 

映画化前に、是非読んでみて欲しい。

 

柚月 裕子
『盤上の向日葵』

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