乃南アサ

乃南アサ「晩鐘」

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 「風紋」の続編。
 
 「風紋」から7,8年経ち、登場人物も7歳年を取っている。多分、「風紋」を書いた時点では「晩鐘」を書く予定はなかったのだろうな。
 
 でも私も「風紋」の感想で、読み終わったあとも登場人物のことが気になって仕方なくなったと書いたけれど、乃南さんもインタビューで、真裕子(「風紋」の根幹をなす殺人事件の被害者の娘)のことが書き終わってからも気になり続けたと言っていたから、それでなんだろうな。乃南さんもそう感じていたんだと知ってちょっと嬉しかったけれど、乃南さんも読者がそう感じていたと知ったらきっと喜んでくれるだろうな、なんてことまで考えたりして。乃南さんも将来会ってみたい作家の一人。

 前回の「風紋」では一応殺人事件の真相を追うというミステリーの部分があったけれど、今回はある意味「純文学」と言ってもおかしくないほど、ただもうとーっても丁寧に登場人物の感情を書き込んだ、ミステリーらしさはほとんどない作品だった。
 
 「風紋」では、被害者の娘・真裕子と、加害者の妻・香織の変化が二本の柱として貫かれていたけれど、今回は真裕子と、香織の息子・大輔が主な柱だった。

 「風紋」では、事件を追っている新聞記者の建部という人が、唯一、真裕子の支えになっていたものの、高校生と23歳という年の差のリアリティーで、決して安易に二人が恋人同士に落ち着いてしまうことはなかったのだけれど、今回はちゃんと救ってくれていて、なんかちょっと、「乃南さん、ありがとうー」って気分になった(あぁ、私も単純)。
 
 以前の作品と矛盾点なく、書く予定もなかった(と勝手に決めつけているだけかもしれないけれど)「7年後」を、その続きとして書けてしまうということは、一人一人の人物を、まるで本当にどこかで生きている人間のように、しっかりと書いているという証なんだなと思う。しつこいぐらい繰り返すけれど、乃南さんって、すごいっ!

 今回は、真裕子のことより、大輔のことが本当によく書かれていた。いくら血はつながっていたとしても、「殺人者の子供」は「殺人者」ではない。でも、実際その立場にいる人は、大輔と同じような目に遭っているのかもしれない。そう、容易に想像ができ、それが苦しかった。
 
 大輔側の視点で、何度も繰り返し出てくるモチーフがある。それは、暗くなった教室(塾の)で、ぼんやり窓の外を眺めると、自分の姿がそこに映り、それを見て、「きっと向こう側のあいつの方が本物なんだ。僕は偽物だから、まともな家族もいないんだ」と思う、というもの。映った像の方を「本物」、自分自身を「偽物」と感じる……もうそれだけで、かわいそうだ。まっとうな生活をしている人なら、絶対、そんなことは思わないと思う。……こういう表現、本当に上手い。でも、もう、上手いというのを通り越して、架空の大輔という人間が、自分の心の中では生き始めていて、「痛い」になってしまう。
 
 大輔というのは、確かにものすごくませていて、あまり性格も良くないかもしれないけれど、ほんと、どうにかしてあげたくなってしまう。ラストは、うるうるきたというだけではなく、読み終わってしばらく泣き続けてしまった。

 7年後(じゃなくてもいいけれど)、また続編で、今度は大輔にも救いを与えてあげてほしいなぁ。

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