芸術に関する考察

「読者」の存在

3月はなぜか小説の締め切りが多い。

もちろん私の「締め切り」はただ単に「賞」の締め切りであって、依頼された「仕事」の締め切りではないから、間に合わなくても誰にも迷惑はかからないのだけれど、書いたからには、その締め切りまでに万全の状態に直して出したいと思う。

 

ということで、最近は、もう飽きるほど小説を直し、インクがなくなるくらい、ひたすらプリンターを酷使する日々。

正直、ほとんど直しは完成しているから、このまま出してしまってもいいのだけれど、「もしかしたらあと一回読むと、何か間違った部分が見つかるかもしれない」などと思い、結構うじうじした日々を過ごす。こういうの、性に合わない。精神的に疲れる。

でも、「嫌だな」と思う作業をしている時はちょっと、「仕事」をしている気分になり、「プロってこんな感じなのねぇ」なんて思える(笑)

 

というのは全部余談なのだけれど、その「直し」を通して、最近感じることがあり、少し以前とまた違った意識を持つようになってきた。

 

批評家と読者の違い

私は3年半くらい前に、知り合いの紹介で文学サークルのようなもの(「同人誌」と言うには規模が小さすぎるので、敢えてサークルと言う)に入った。それからは、書いた作品はほとんど全てそこに出し、批評を受けてから書き直して、賞に投稿するということを続けている。

人に作品を読んでもらうと、自分では気づかなかった矛盾とか問題点を指摘してもらえるから、書き直しのヒントを得るには丁度いい。しかも、同じ人に続けて読んでもらうことで、自分の目指している方向を相手に分かってもらうこともできるから、「こういう方向で書いていっていいんじゃない」とか、逆に、「こういうものを量産していても、上達はしないと思う」とか、そういう意見も言ってもらえる。

そういう仲間の中で、私は(自分で言うのもなんだけれど)この3年半、相当腕を上達させた気がしている。

ただ今回ある賞に出す作品を、その仲間の意見を参考に大きく書き直してみたのだけれど、それに対し先入観のない意見をもらいたいと思って、久しぶりにサークル以外の人に作品を読んでもらった。基本的に小説を書かない人たちに。

その中の二人は同世代の親友なのだけれど、彼女たちの感想を聞いて、私は久しぶりに「読者」というものの存在を感じた気がした。というより、自分はこの3年半、「読者」というものを忘れて書いていたのではないかという気がした。

小説の仲間というのは、ある意味では「読者」というより「批評家」だ。

私も人の作品を読むとき、やはりどうしても粗探しをしてしまうし、多分、相手にもそういう「指摘」を望んでいる。そして、気づくとそういう目を意識しすぎ、「粗」のないものを書こうとしてしまっている。

賞に出すのも同じだ。できるだけ「落とされる要因」を取り除こうと、それに神経を使いすぎてしまっている。

 

意図した以上のもの

でも、彼女たちの「感想」は「批評」ではなく、ただとても純粋なものだった。

その作品自体をここには載せられないので(投稿の条件に未発表というものがあるため)、詳しくは書けないのだけれど、彼女たちはただそのまま私の小説を楽しみ、その世界に浸り、そして私が意図した以上のことを読みとってその世界を味わっていた。

その、「意図した以上のことを読みとって」いたということに私はある種の衝撃を覚えた。

「作品というものは、作者が書いた時点では完成していない。それは読者が手に取り、読者の読解力や経験と結びつき味わわれた時点で、初めて完成する」

そう考えるのは、表現者として無責任だろうか。

でも私は彼女たちの言葉を受け取ったとき、「万人に分かるものを書こう」ではなく、「自分の世界を一緒に味わってくれる人に向けて書いていきたい」という思いを強くした。

  

小説にできること

そんなことを考えているとき、丁度「徹子の部屋」にばななさんが登場した。

全部をきちんとは見られなかったのだけれど、ラストでばななさんの言った一言が印象的だった。

「世の中には繊細な人というのがどんどん増えてきている気がするんです。だから、私にできることはまだまだたくだんあるなって思います」

と、確かそんな言葉。

小説を書くということは、人に何かしてあげることになるのだ、と、それもまた衝撃を受けた。

ただ「上手い」文章だけを目指しているだけでは、中身がすかすかになっていくだけだなと、なんだか非常に反省してしまった。

もちろん技術なくして、人を感動させ、共感させる作品は書けないと思うのだけれど、そういうことに重きをおいた作品が、人の心に影響を及ぼせたりはしないと思う。

作者は書いている間は、自分の出来る精一杯の努力をし、いい作品を作らなくてはいけない。

でも、その作品は読者の元に届いたとき、作者のものではなく、読者のものになる。

読者に何度も味わってもらえる作品、長くかわいがってもらえる作品を作りたいと、最近、切に思い始めた。

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