「恋愛写真」「いま会いにいきます」と二冊読んで、なんて才能のある人なんだろうと思った。
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独特な文体とそれに合った中身
なんといっても文体が独特ですばらしい。
ちょっとふざけているようでいて温かみがあって、世界に引き込まれてしまう。そして中身がまた、文体にあっている。
不器用だけれど、一生懸命な男と女の精一杯の恋愛。
あぁ、恋愛ってドキドキしたりおしゃれな気持ちになったりするものじゃなくて、もっとほっとしたり、心のそこから満たされたり、そんなものなんだなって、市川さんの本を読むと思うことができる。
(いや、実際、そうなんだけれど、得てして本や映画の中の恋愛はそういうものじゃないことが多くて、人はもっと刺激のある恋愛を意味もなく求める傾向にあったりする)。
中編3作
ただ、以前読んだ二作に比べると今回の本は、あれ......という感じだった。
長編かと思っていたら、中身は短編が三作。
一作目は市川さんらしい文体や表現があって、やっぱりうまいなぁと感じさせるのだけれど、他の二作は結構誰にでも書けそうな文章だったし、内容が暗くて結構救いがない。エンターテイメントに必ずしも殺人は必要ないだろうって言いたくなるような感じだった。
結構、売れっ子になると、どんどん書いてくれと言われて、内容が浅くなって、つまらなくなってしまう作家が多いような気がするのだけれど、市川さんもそうなのかなぁ......と、ちょっと残念に感じた。
ただどうやら、二作目と三作目は、「いま、会いにいきます」のずっと前に書いたものらしく、それは、ほっとする。あぁ、なんだ、下手になってしまったんじゃなくて、まだ上手くなっていなかった、というだけなのだ、と。
でもそういう昔の作品まで出してきて、とにかく話題になっているうちに売ろう!という感じの本の出し方は感心できないけれどね......。
ということで、市川さんの本を読んだことのない人には、他の本から読んでください!といいたくなるような内容でしたが、一作目だけは、結構良かった。
比喩のうまさ
市川さんは、特に比喩が独特で上手い!
たとえば、ただ会話がぎこちなかったというだけのシーンを、「荷箱をツメ草で満たすように、ぼくはただ沈黙を埋めるためだけに、ひたすら言葉を吐き続けた」と描写したり、自分のしていることが自分でよく分からなくなってきたということを説明するために、「なんだか自分の人生そのものを不安定な足場の上でジャグリングしているような感覚があった」と言う。
そのほかにも、よくそんなに関係なさそうなものを上手く関連付けて、あぁ、なんとなく分かるという描写にしてしまえるものだと感心する表現がたくさん。
キスとかHのときの描写もいい。結構具体的にしていることを想像できるのだけれど、市川さんの文章で書かれると、それは全然いやらしいことには感じられずに、夢のある優しい行為のように受け止められる。
市川さんは以前インタビューか何かで、新聞で本の広告を見て買うことがある、特に専門書をよく買う。と言っていたけれど、結構知識も幅広くて、それも市川さんの世界を支えているのかもしれない。
今回の本は正直ちょっと......でしたが、次の作品もまた期待したいな、と思っています。というか、以前の本も読んでいきたいな。
結構下手にベストセラーになると、そんなのを手に取るのはミーハーなんじゃという感じがして、普段から本を読む人からは敬遠されることも多い気がするけれど、一冊も読んだことがないのなら、ぜひ一度ぐらい読んでみてください!
好き嫌いはあるかもしれないけれど、結構はまるひとははまると思うので。
世界中が雨だったら (新潮文庫)
新潮社 2007-11 |