すっかり山田宗樹さんにはまっています。
読めば読むほど、すごいです。
Contents
致死率100%の伝染病
この話は、健康だった人が、突然咳き込み、黒い粉を吐いて死ぬという病気が日本で発生し、その病気の原因と治療法を求め闘う男たちの話。
すっごく簡単に言うと、それがあらすじ。
でも、そこには、上記のあらすじから想像される「プロジェクトX」みたいな部分もあるのだけれど、それぞれの男たちの家族や大切な人との絆があり、生と死への思いがあり、こういう事態に陥ったときに弱い官僚や国の制度への批判があり、人間と病という古くから続けられてきた歴史あり、さらに歴史ミステリーもあり......と、一言では言い尽くせないテーマや内容が詰め込まれている。
ただそれが、「テーマを詰め込みすぎて、焦点がぼやけてしまった」というようには決してならず、すべてが地層のように積み重なって、一つの、非常に重たいリアリティのある世界を作り出している。
山田作品は線ではなく波紋のように広がる
山田さんの作品を最近続けて読んでいて、小説というのは今まで、ある点から先にある点への一直線の動き(ストーリー)だと思っていたけれど、それだけじゃないな、と思った。
山田さんの作品は、ある点から始まり、そこから水紋のように輪になって水平方向に広がっていき、さらに水中深くへも広がっていくものである気がする。
どこかに行き着くわけではない。
でも、その広がりを見つめることで、その一つの出来事やテーマについて、自分ならどう考えるか、という問いを投げつけられる。
答えは与えられていない。
作者の主張はあるようで、声高には伝えられていない。
「こういう、深さと広さのある問題がある。さぁ、あなたはどうする? どう思う?」
最後はそこで終わっている気がする。
致死率は高くても罹患率が低い怖さ
前に読んだ二作以上に重く、やりきれない話ではあったけれど、非常に質の高い作品だった。
最後のほうは涙が抑えられなかった。
この小説を読み始めたときに豚インフルエンザが発生したので、かなり怯えてしまった(汗)
ただ、この小説の黒い粉を吐いて死ぬ病気は、ものすごい勢いで広がりそうで、初めの年、1年で21人しか感染しない。
こういう「怖い病気もの」は、ものすごい勢いで広がって、人がばたばた死んでいく恐怖を描くものだという先入観があったので、このはじめの設定自体からとても興味深かった。
そして、けっきょく、掛かったら100パーセントの人が死ぬという恐ろしい病気でも、かかる人が少ない場合、政府もあまり動かず、原因や治療法、ワクチンの開発も進まないこと、治療法が分かってきても、製薬会社も採算があわないと判断すれば、まじめに新薬の開発をしないこと......
そんな、別の意味の怖さも伝わってきた。
人数は少なくても、かかる人がいるということは、自分や愛する人がその病にかかるかもしれない可能性をいつも含んでいる。
でも、人は、その立場に実際に自分がおかれなければ、すべては「人ごと」として捕らえてしまう。
非常にレアな病気で苦しんでいる人は、きっと、今も現実に、多いのだろう。
新種の病気がはやり始めたとき、政府や研究者はどう動き、どんなふうに原因や治療法を探っていくのか、そんな普通の人は決して知らないようなことが緻密に書かれているので(山田さんは、製薬会社に勤めていたことがあるらしい)、本当、興味深かった。
豚インフルエンザがはやっている今、読むと、怖い、というのはあるけれど、ある意味、今だからこそ面白い、ということも言える。
黒い春 (幻冬舎文庫) 山田 宗樹
幻冬舎 2005-10 |