「ふがいない僕は空を見た」の窪さんの2冊目の単行本「晴天の迷いクジラ」を読んでみた。
今年の本屋大賞にノミネート中らしい。
二冊目を読んで確信。私は窪さんの作品の世界観が好きだ。
Contents
4つの連作短編
この本は、4つの中編小説が集まって1つの作品になったような形になっている。
1章は、小さな広告制作会社でオーバーワークした結果、うつ病になってしまった20代男性の話。2章は、その会社の女社長の子供時代の話。3章は、その女社長の出身の田舎に生きる中学生の話。そして4章でその3人が集まり、「迷いクジラ」を見に行くことになる、とストーリーが集約されていく。
迷いクジラというのは、湾に誤って入り込んでしまったクジラのこと。どうにか海に帰そうとするのだけれど、なかなか出ていく気配がなく、このままでは徐々に弱って死んでしまう、と周りの人は心配して見守っている。
一つの話を二人とか三人の視点から描き、一つの出来事を立体的にしていく手法は、最近はかなりメジャーになっているように思う(始まりは芥川龍之介の「藪の中」か?)。
でも窪さんの書き方はそれとはちょっと違っている。
1章の脇役が2章で主役になる……みたいな構成
一つの作品を書くとき、たとえその作品に表立っては反映されなくても、大抵の作家は主要な登場人物の年表みたいなものを作っている。どこで生まれたのか、大学を出ているのか、仕事は何をしてきたのか、初めてつきあった異性はどんな人か、得意なことは何か......とか、色々。
窪さんの作品の構成としては、1章ではわき役だった一人の「年表」が、2章で詳細に描かれる、みたいな感じになっている。1章の出来事と関係あることもあるけれど、関係ないことも多い、みたいな。
たとえば4章で、1章の主人公と2章の主人公が一緒に旅をするのだけれど、たとえばそのとき、2章の主人公である女社長が「今まで色々あって大変だったのよ」と言う。
1章→4章と読んでいたら、「まぁ、社長業は大変だろうね」としか思わないだろうし、1章の主人公である男の子は、それくらいにしかとらえないのだけれど、2章を読んでいる読者には、その一言の重みはかなり違って響いてくる。そんな仕組みがすごいな、と。
人間に対する深い洞察力
ただ窪さんの作品の良さは、構成力だけではない。人間に対する深い洞察力。
1章のオーバーワークでうつ病になってしまった男の子の話くらいなら私も書けそうだけれど、2章の世界は自分には書けないな、と思う。でも窪さんは、まったく違う人生を歩んできたような人たちをきれいに書き分け、それぞれの世界をリアルに仕上げている。
2章、3章は少し痛い話だけれど、非常に心に残った。
特に2章の貧しい漁村に生まれた絵の上手な少女が、どうして東京に出てきて、デザイン会社を立ち上げたのか、なぜ社員に「クライアントの要望に応えるのが仕事。自分の好みは関係ない」と言い切るのか......。
小説を書く人間には、人物設計をしっかりするってこういうことなんだな、と、非常に勉強になる作品。普通の本好きの人にも、お薦めしたい作家&作品!
晴天の迷いクジラ 窪 美澄
新潮社 2012-02-22 |