保坂さんの書く小説は独特だし、その人がどういう価値観でもって小説を書いているのか読むのはおもしろいのではないかと思って読んでみた。
でも、この本の題名を見た旦那さんには「え、もしかして、書けなくなっちゃったの?」と聞かれた……。違いますっ!(笑)
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エンタメではなく純文学の書き方の書
この本は「直感的・感覚的に読んで欲しい」とあるように、「新人賞の獲り方」みたいな本とは趣が異なっていて、あくまで保坂さんの書き方、保坂さんの小説に対する思い入れを感じ取る本なのだけれど、読む前に思っていたより満足感があった。
多分、他のHOWTO本みたいな小説の書き方は「エンターテイメント小説」の書き方で、この本は「純文学」の書き方になっているからだろう。私はこの本の言いたいことはすごくよく分かった。
小説で問われるのは“音楽性”
一番共感できたのは、「ストーリーとは」の章。保坂さんは書く前に人物の粗い設定と舞台(場面)だけ決めると書き始めてしまって、息詰まったら息詰まった原因を探し、そこまで戻って書き直すとのこと。
小説仲間の中には、設定やシーン、ストーリーを細かく決めないで書き始めるなんて、と言う人もいるのだけれど、私は保坂さん派。
おおまかな部分が思いついたら、設定の部分でうなっていても何も見えてこないので、とにかく書き始める。そうすると自然とキャラクターが固まってきて、話が動き出している。
でも息詰まってどうしても先を書けなくなることがある。その時はそれまでの一切を捨てて、一から書き直し始める。そこだけは私もかなり潔い。
保坂さんは「小説ではつねにそこに流れている時間(一種の”音楽性”)が問われていて、読者はそこに書かれている内容ではなく、まずその音楽性によって小説=文字の連なりを読んでいく」から、書き始めてみないと、それがスムーズに小説になっていくか分からないのだと言っているが、このあたり、すごくよく分かるなぁ。
多分、小説を書いていない人、エンターテイメント小説しか書いたことがない人には「何言ってるの?」って感じだと思うのだけれど、私はこの部分にすごく共感した。
仕上がったものを書き直したりしない方がいいというのも分かる。私はどうも、一度書き終えたものを一から書き直すと「改善」せずに「改悪」してしまう。それはやっぱり、初めに書き始めたときの「音楽」が上手く流れなくなってしまうからだろうな。
今までは「書き直しができなければプロじゃない」と思っていたけれど、保坂さんの言葉にちょっと救われる。
ネガティブな磁場に気を付けること
他、「あぁ、なるほど」とか「気をつけないと」と勉強になったのは、
「小説には書いたことをネガティブな方向に引っ張る磁場のようなものが働いている。書く前にも書いている間も、それはつねに意識していないと、小説全体が簡単にネガティブな色だけに染まってしまうのだ」
「回想する感傷的な小説は非常に書きやすい。小説にはネガティブな磁場が充満しているから、何を書いても簡単にさまになってしまうのだ」
という部分。
確かに私も回想のシーンが一つもない小説なんて書けないし、悲しかったり切なかったりする気分が全くない小説も書けない。
ただそれは私が「切ない」という感情を一番の「美」だと感じているから、それに意図して執着しているのだけれど、でも削れる回想部分は減らし、安易に書いてしまわないよう心がけることは必要だなと思った。
あと、終わりの方に「笑い」の項があるけれど、深刻な部分に「笑い」というか遊びの部分を入れる努力・工夫なども大切なのだろう。
小説に対する真摯さ
保坂さんは他の章でも、すらすら書けてしまうことは疑え、それは既存の小説を辿っているにすぎないというようなことを言っているが、それも本当に分かる。一作書いたあと、自分が本当に成長できたと感じられるようなものを書かないといけないなぁ。
それ以外にも興味深いことはたくさん書かれていた。
正直これは、ある程度真剣に小説を何作か書いた人でないとその良さを理解できない本だとは思うけれど、読んでみて損はないと思う。
エンターテイメントしか書かないという人でも、小説を書くというのはこんなにも真摯な作業なのだという衝撃は受けられるだろう。一読の価値あり。