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天童荒太『悼む人』

以前からなんとなく気になっていたものの、読まずにいた本を今回初めて読んだ。

すごい作品だな、と思った。

物語全体の基調となっているのは、淡々とした静けさなのだけれど、その奥に確固たるエネルギーみたいなものを感じる作品だった。

 

見ず知らずの死者を「悼む」旅をしている静人の話

『悼む人』がどういう話か簡単に説明すると、

「新聞やテレビで誰かが亡くなったということを知る度、その情報をメモに書きつけておき、人が亡くなった現場に赴き、『悼み』(祈りみたいなもの)を行う旅をしている男性の話」

となる。

このあらすじは大分前から私も知っていた。

知っていて、「え~、見ず知らずの人の死を悼むって? 着眼点は面白いけれど、それだけでどう話が膨らませるの?」と謎だった。

読んでみて、この謎については、「さすが」と思った。

 

人物の配置が絶妙で、エンタメとしても楽しめる

日本推理サスペンス大賞でデビュー(正確には、本名で純文学の賞を受賞しているらしいのだけれど)しただけあって、“なるほど。エンタメ作家なんだ”とも思わせる絶妙な人物配置や設定だった。

悼む人である静人だけを描いていたら、「どうしてそんな風になったのか」「その旅先でどんなことがあるのか」「その後、どういう結末に達するのか」というだけの単調なストーリーになりそうだけれど、『悼む人』の場合、静人以外に3人の“主要人物”が出てくる。

その人物の作り方が上手い!!

静人のお母さんは癌で死と向き合っていたり、静人を知った打算的な週刊誌記者が適度に絡んできたり……そして、静人と一緒に旅をすることになる女性の設定が奇抜で面白い。

なのでこれは、エンタメ小説としても普通に、楽しく読める。

 

ただ!!

 

これが「名作」になった理由はそこではない!

これは私の個人的な感想だけれど、作者の魂というか、覚悟というか、向き合い方がすごい。

『悼む人』は結局のところ「死」とどう向き合って人は生きるべきか、という「死生観」に行き着く。

その「死」に対する思考の深め方が、中途半端じゃないなと思った。

「小説を書くために、考えてみました」ではなく、「死について考え続けていたら、こんな小説が生まれました」というような作品だった。

 

天童さんのことはあまりよく知らなかったのだけれど、ネットでインタビュー記事など読んでいたら、興味深いものが色々あった。

特に興味を感じたのは、『悼む人』の前のベストセラーである『永遠の仔』(児童虐待の話)を書いていた頃は、児童虐待された人の気持ちがずっと乗り移ったようになっていて、外に出たり、人と会うことが次第にできなくなっていった、というような話。

天童さんは本当、全身全霊で書いている人なんだなぁ。

その込めたエネルギーが、物語の奥に脈々と息づいているのを感じる。

静人は名前の通り、口数少なく、感情をほとんど表さない人で、その人がメインになって進むこの小説自体、静かで、(物語の起伏はあるのだけれど、感情の起伏は少なく)淡々としている。

それでも、心にびりびりと響くのは、物語の奥に潜むもののせいなのだろう。

 

作家によっては、当たり作品と外れ作品がある人もいるけれど、天童さんの作品は、きっとどれも読者を裏切らないだろうな、とそんな信頼を感じさせる作品だった。

 

作者の込めた思いのせいか、読む側にもそれなりのエネルギーが必要となるので、もうちょっと軽めの作品に浮気したあと、また天童さんの他の作品を読んでみたい。

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