美術

小林正人『この星の絵の具(上)』

先日の「生命の庭」展で買った小林正人さん(画家)の自伝的小説。

上・中・下の3冊の予定で、上が2018年12月に出版され、中が2020年10月に出ている。下はまだのよう。

まだ上だけしか読んでいないけれど、現時点の感想は一言、「面白い!」

私は小林さんの絵に2004年に出会い、一目ぼれし、そこから追いかけているのだけれど、「才能ある人は、そういう人生を歩んでいるんだ」と痛感させられるような内容だった。

 

絵を描き始めたきっかけからドラマチック

「事実は小説より奇なり」という言葉があるけれど、それをこんな風に分析している人がいた。

「小説であまりにも都合がいいことを書いたら、“そんなことないだろ”と突っ込まれるから、なかなか書けない。でも、現実にはそういう都合がいいことが起こる。だから、事実の方が小説より“奇”になるのは当然だ」

なるほどな、と思った。

この小林さんの“自伝的小説”を読んで思ったのは、「さすがにこんな展開は、小説じゃ書けないよね」ということ。

こんなことが、現実に起こるの?! いやぁ、すごい。運命に選ばれてる!

 

というのは、絵を描き始めたきっかけというのが、こんな感じだから。

「高校時代、先生が若くてきれいだからという理由で音楽を選択したら、『小林君の描く画が見てみたい』とその先生に再三言われるようになった。

家に呼ばれて、期待を膨らませて出向いたら、絵の道具が準備されていた。『じゃあ、ヌードになってよ』と言ったら、本当に先生は裸になった。でも、一時間も白紙のキャンバスに向き合うだけで、何も描けなかった。

その真っ白のままのキャンバスを見て、先生は『これが小林君の最初の画ね』と言った

えええええええ!!!!

なんて、なんて、ドラマチック。こんなこと、現実に起こるんだぁ、という驚き。

 

でも、小林さんはその時のことをこう振り返って書く。

「最初の画ね」って言われたけど、なにかが描いているから画なんだろうに、なにも描いていないのに画ってどういうこと?ってさ。

今は少しは分かる。画っていうのはそこになにが描いてあるかじゃなくて、どう描いているか? それはまんまそいつの世界の見方であり、この世界との向き合い方そのものだってことが。

 

小林さんは「せんせい」のヌードを見たとき、その美しさと手元にある絵の具がどうしても結びつかず、何も描けなかったと描いている。

一時間も何も描かずにいるなんて、普通の人ならきっとしない。できない。

そう考えると、一時間後にまで残った真っ白なキャンバスは、やっぱり偉大な“作品”だったのだろう。

 

それからのことは、「画家になろうと思って藝大に入ったのはそれから三年後のことだ」とあっさりとしか描かれていないけれど、その一時間と、真っ白なキャンバスの存在の大きさは感じる。

うーん、ドラマだなぁ。すごい。

 

感性が溢れ出ている文章

 以前一度小林さんの講演を聴いたことがあるのだけれど、そのときは話が抽象的すぎて「???」という感じで、内容を良くつかめなかった。
(そのときのブログ記事

だからきっと、小林さんの話がちゃんと読める文章になるまでには、編集者さんとかライターさんとかの関与がかなりあったのではないかと想像される。

にもかかわらず、小林さんの制作時の思考の流れはそのエネルギーと共にしっかり伝わってきて、素晴らしいバランスの本だと思った。

 

小林さんの画を見たことがない人には伝わりづらいかもしれないけれど、ちゃんとリアルに見て、作品の醸し出す雰囲気みたいなものを記憶している人には、「あぁ、なるほど、だからあの作品には明るさを感じたんだ、生命を感じたんだ」などと分かる感じ。

 

あ……うまく説明できない。ので、気に入った言葉だけいくつか紹介して終わる。

空の画は頭の中ではほとんど完成していたんだ。パーフェクトと言っていいくらいに……。頭の中では絵もキャンバスも物じゃないからさ。頭の中に真っ白い宙があって、そこに青い空の画が掛かってるんだ。雲は光のリングで、キャンバスはすげえいい四角。それは開かれている四角……ってか“約”四角? そう、約四角だ! そういう青い空の画が真っ白い宙のような壁にスッと掛かってんだよ。あとは手を使って、その絵を頭の外に出すだけだ。

油絵の具をポケットに入れて歩いていると、俺は光を持っているようで気持ちが明るくなった。ズボンのポケットだよ。そこらで売ってたグレーの作業ズボンにシャツ一枚……。

梶井基次郎の『檸檬』みたいな世界観じゃない? 素敵!

明るさって質量がないのかなあ。光は質量を感じるけどな、神の光とか。天使は明るさ、天使の光とは言わねえじゃん。光があって、その周りに明るさが生まれる。目を開けると明るさは一瞬で消えて、モノの光と影が見える。明るさって光よりもっと軽いものなんじゃない?

 

と、何か読んでいるだけで、小林さんの描く世界に浸れる。

来年、またゆっくり「中」巻を読みます♪

 

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