映画が公開されているけれど、私は本を読んだ。
湊さんらしい本だなというのが最初の感想。
先を読ませる力と構成力。人の心の奥底を見抜き、それを暴いていくような内容。
決していい気分になれる作品じゃないのに、好んで続きを読みたくなってしまうのは、なんの力なのだろう。すごいなと思う。
※注意:この先は多少ネタバレ含みます※
Contents
構成力がすごい
この本は、17歳の女子高生が家で転落事故を起こし、それが事故なのか自殺なのか分からないという新聞記事から始まる。
そして、そのあとは母親による「母の手記」と、娘による「娘の回想」によって、話が進む。
読者はてっきりこの母と娘は、冒頭の事故の母と娘のことなのだと思い込むのだけど、実は違うということが、後で分かってくる。
このミスリードは、作品の内容において、そこまで重要ではない。
でも、全体の印象に対して、じわじわと効くミスリードになっているところが、作家の力だなと思う。
この、本当は「母」と「娘」に関係のない、他の「母」と「娘」の事故の話を出すことで、本の構成も「母の手記」「娘の回想」だけでなく、もう一つの「母性について」という三本柱になる。
それにより時間の流れも複雑になり、物語が重層的になる。
全部をきちんと計算して創り上げていますよ、という作者の心意気を感じて、圧倒される。
「母」か「娘」か
この本のテーマは、タイトル通り「母性」について。
もっと言うと、「女性は誰でも子供を産めば、“母”になりうるのか」みたいなことかな。
この本の「母」は、母と言いながら、ずっと「娘」でしかない。
多分、そこにこの話の悲劇の大本がある。
その「母」は自分の「母」が好きすぎて、母に認められるためだけに生きてきたような人。
それは娘が生まれても、母が死んでも変わらず、娘との関係に暗い影響を及ぼし続ける。
「娘」は、その「母(娘にとっては祖母)」にしか想いが向かない「母」に、振り向いてもらおうと必死になるが、空回り続ける。
内容はシンプルにまとめると、それだけの話。
なのに、それを長編に仕立て、まったく読者を飽きさせず、最後までひっぱっていく筆力はすごいなぁ。
視点人物の設定が大事だ
同じ出来事があっても、Aの人物が語るその出来事と、Bの人物が語るその出来事は違うものになる。
これは、日常生活でも同じ。
でも、うまいミステリーはこの視点人物による描写の差を本当にうまく使うなと最近とても思う。
この本は特に、その書き分けが際立っている。
私は文庫本(のkindle版)で読んだから、最後に解説があったのだけれど、間室道子さんの書かれた解説も面白かった。
その解説は「ミステリーの手法のひとつに『信用できない語り手』というのがある」から始まり、詐欺師や手品師や精神が不安定な人が語り手になった作品は、内容がどこまで真実か分からず、読者はスリル満点でページをめくることになる、とある。
確かに、言われてみればそうだな、と思う。
そして「信用できない語り手」には、実は「とってもいい人」(自分はすべて正しいと信じて疑わない人)も含まれ、「苦しんでいる子供」も精神が不安定な人同様語り手として信用できない。
『母性』において「母」=「とってもいい人」、「娘」=「苦しんでいる子供」であり、つまりどちらの語り手も信用できないから、ミステリーとして非常に良い効果を生んでいるのだ、と。
読者は基本、語り手が語る物語を本当のことと信じて小説を読む。でも、人の話がいつでも100%真実でないように、小説の語り手が語ることも100%真実かは分からない。
その揺れとか、不確かさも面白いな。
私はあまり人を疑わない人間なので、人が話していることは(その人の偏見は入っているだろうけれど)、その人にとっての真実だろうといつも受け止める。
でも世の中には意図的に嘘を吐く人もいて、そういう人に会うと動揺する。
ただそんな動揺は、小説世界というフィクションのなかでは、面白く使えるのかもしれない。
そう、非常に興味を感じた部分だった。
まとめ
ということで、この本はミステリーというエンタメ作品をただ楽しみたいという人にもお薦めだし、構成や視点人物について考えたいという小説を書く人にもお薦め。
ただこの本を読んで、「結局、何がいけなかったのだろう」「誰がどうしていればよかったのだろう」みたいに考え始めると、思考がぐるぐる回り、結論が出ないように思う。
この話はもちろんフィクションだけれど、似たような母娘が現実にも結構いそうだ。
そういう母娘に対して私が何かアドバイスをするなら、「心地よくない関係の人とは、たとえ血のつながりがあっても、距離を置いた方がいいよ」ということだろうか。
でもそんなシンプルな回答では、もやもやが消えないようなこの話。
気になる人は読んでみてください!
湊かなえ
「母性」