過去Diary

変化とは

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket
  • LINEで送る

 変化って、なんだろう…。ぼんやりと、そんなことを考えた。人は生きて、色々な人や物に出会って、変わっていく。それが当たり前。私だって、今が一番いいなんて、満足はできない。今の自分を、嫌いではないけれど、このままの自分でいたいとは思わない。
 
 でも、ふと思い出す。劇団で上手くいかなかったとき、友達にこう言われた。「香は何かを守っているように見える。それが何か、私には分からないけど」そういわれたのは、もう3年も昔。でも、今の私もまだ、そこから出られていないような気がする。
 
 小説についても、「あなたの周りには何かドームのような物があって、人物はそのドームに映った像としてしか書けていない」「書き手の心が閉じている」と言われた。私は、ずっと殻の中にいるのだろうか…。
 
 私の「守っているもの」って、なんだろう。私にも分からない。心を「開く」ってどういうことだろう。べつに、人に言えないほどのことなんて、私は持っていない気がするけれど…。よく分からない。
 
 守りたい物はある。失いたくないぐらい大切な物・人。でも、そんな物じゃなくて、自分の中に、「守るべき物」があるのだろうか。
 
 守るべきものがあると、人は強くなると言う。でも、守るべきものがない人の方が、本当は強いの? 強い人になりたい。自分のことで手一杯になってしまわないような、強い人になりたい。そして、これが私の守りたいものだ、と言えるような生き方を、実体のあるものを守って、「殻」を大切にしたりしない生き方をしたい。…よく分からない。混乱している。
 
 そう、今日は、「AERA」に、酒鬼薔薇の写真を載せたという問題が記事になっていた。どうやらインターネット上には、本名や住所なども載っているらしい。神戸の人にはもうばれているのだろうし、その子が殺人を犯したという事実は、社会に戻ってきたあとも、決して消えることはないだろう。職を探そうとしても、きっとすぐに分かってしまう。そして、その子の「更正」を余計に妨げてしまうのだ。
 
 そういう題材を扱った、面白い漫画がある。「家裁の人」。一時期、ドラマにもなった。その中で主人公の裁判官はこう言う。
 
「どんなに重い刑を与えても、少年はまた必ず社会に戻ってきます。そしてあなたの隣に住むのです。その時、少しでもその少年が笑って過ごせる可能性を作るのが、私たちの仕事ではないでしょうか」

 人を二人も殺して、「更正」なんてできるか、と思う人も多いだろう。でも、日本の社会はそういう「更正」を信じて、酒鬼薔薇にも「少年法」を適応している。ならば、私たちが勝手に、そういう「更正」を妨げていいわけはないような気がする。顔を隠しても、本名を隠しても、それでももう十分に、彼にとって、「過去」は重荷になっていくだろう。私たちでさえ重い「過去」が、彼にはもっと重いわけだ。
 
 情けをかける相手ではないのかもしれない。でも、顔写真を載せるのは、社会に対しての問題提起である以前に、企業の利益のための気がする。…それも「日本」の一部なのか…。よく分からない。ただ、そんな「過去の重荷」について考えたから、今日は「変化」について気になったのかもしれない。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Pocket
  • LINEで送る