芸術に関する考察

明月院・東慶寺

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 紫陽花の季節になると、私はいつも明月院に行く。紫陽花は私の一番好きな花だ。色合いも好きだし、たくさんの花がバランスを取って寄り添っている姿も好きだ。
 
 最近、パソコンに向かっていることが多くなり、考えることもデザインとか配置とか、平面的な構成についてが多くなった。そんな中で、 多分、空間とか、ある広がりを感じられる時間を大切にしているのだと思う。私は「雰囲気とか空間を書いていきたい」と普段から言っているけど、きっと、そんなこと。紫陽花がおおい繁るその向こうになぜか何もない空間があったりすると、私はその空間の、なにもなさに惹かれて見つめてしまう。目に見えるものは何もなくても、そこには他の場所とは違う空気とか、温もりとか、歴史とか、時間の流れとかがあるように思う。そういうなんでもないものが、多分私の書く動機にさえなる。深さを感じている時間は幸せだ。

 そして私は、心地よい空間や、歴史的な場所に立つ時、そこに立ちつくしてしばらく目をつむってみたりする。そうすることで、自分自身が自由に時間軸の上を行き来できるようになる気がするのだ。

 考えてみると、私が毎年、ある季節になると同じ場所に行くのは、そういう時間軸の移動を大切に思っているからかもしれない。毎年同じ場所に行くことによって、私は自分の一年間の変化をとらえることができる。この一年間よく頑張ったと自分を誉めてあげたり、以前は感じられたものを感じられなくなっている自分に気付き、自分の進む方向を修正したりすることができる。……過去を見つめることは、決して後ろ向きなことではない。時間軸を感じることも、二次元の世界から脱出する方法のひとつなのだろう。

 二次元の世界がいけないといっているわけではないけれど、ただパソコンが普及し、人との関わりがどんどんデジタル化していくと、もしかしたらどんどん、平面的な見方しかできない人が増えていくのかもしれない、そんな気はする。

 季節ごとの匂いだとか、肌を刺激する感覚だとか、そして「今」の向こうにある「今まで」の時の流れとか、そういうものはやはり感じていきたいと思うし、人間というものがそういうもの享受できる存在であればいいと思う。そして、表面的な人の行動や言葉の奥には、複雑な感情や、背負ってきた過去や、状況があるということを、くみとれるようでありたいと思う。

 そこまでを含めて、私は物事を三次元・四次元で捉えられる人間でいたい。
 
(鎌倉情報?……明月院はさすがに有名すぎて、とても混んでいました。ただ東慶寺は案外穴場。あじさいの数はそう変わらないのに)

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