その他 純文学

辻仁成「白仏」

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 辻仁成の作品は不思議にとても上手いものと、とても下手なものがあるような気がする。段々上手くなっていくとか段々下手になってくるとかではなくて、かなりばらつきがあるのではないかと思う。
 
 この作品は上手い作品のなかでも上位を占めるものだった。文章というのはこういう風に書かなくてはいけないのかと思った。それは技巧的な問題ではなくて、意識とか姿勢の問題。
 
 この作品は辻さんが自分のお祖父さんのことを辿っていって書いたものだ。自分のお祖父さんはこんなことをした人だった、ということを母親に聞き、 その衝撃に突き動かされるように書く。その生き様を他の人にも伝えたい、そしてその人のことを辿っていくことによってその血を引き継いでいる自分のことももっと知りたい、きっと辻さんはそう考えながら書いたのだろう。その切実さのようなものが伝わってくる。
 
 やっぱり小説というのはそれくらい切実なものではなくてはいけないと思う。これを伝えたいと強く思う気持ち、これを書けるのは自分しかいないという使命感に突き動かされるような感情、そういうものを大切にしなくては。そうでない作品は書いても時間の無駄だと思った。
 
 私も今、物を書いている。文章力などという才能があるのかは分からない。でも、今、書いているということは、それが神様に与えられた使命だからだと思っている。別に過剰に自分を評価しているのではなくて、人が一つの物をとても好きになったり、あるものを人より得意にするとき、それはやはり「使命」というものと無関係ではないと思うのだ。
 
 ただ、「文章が上手い」とか「表現力がある」とか評価されると、ついそういう技巧的なところに走って満足してしまうような気もする。でも、やはり、本当に書くべきことは、人に何か伝えられるものだと思う。自分にしか伝えられない何かがあるから、自分は物を書いている。そう、いつも意識的でありたい。
 
  そして、これを読んでいるあなたが、もし「自分には特別な才能はない」と思っている人だとしても、人には必ず与えられたこの世での使命があって、それを果たすために必要な力が与えられているのだから、それに早く目を向けてもらいたいと思う。自分にしかできない何かを見つけられた人は幸せだと思う。それは大きなこと、偉大なことでなくてもいい。ただ、誰かの心にしっかりと刻みつけられるものかどうかが大切だと思う。

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