ノンフィクション

水谷修『夜回り先生』

定時校教師である水谷さんが書いた本。

水谷さんは学校の授業が終わった後、繁華街などに繰り出し、夜の町を徘徊する子供たちを昼の世界に戻そうと頑張っている人で、本には、水谷さんの体験した具体的な出来事が24の章立てで並べられている。

子供はみんな本当は昼の世界に居場所を持ちたい

すくすくと育ってしまった私には、「あぁ、夜にはこんな世界があるのだ」とか、「子供はこんなきっかけで昼の世界から追われるように夜の世界へ入っていってしまうのだ」ということが驚きで、でもまっすぐ心に入ってきた。

子供はみんな本当は昼の世界に居場所を持ちたいと思っているという水谷さんの言葉は、重い。

こういう、人のために自分の時間や労力を100%使い切れる人の存在を感じると、ただもう「すごいなぁ」と思う。そしてそれに引きかえ自分は……と感じる。

 

理想の先生とは

教育というのは、子供の一生を左右する非常に重大なことだ。

だからこそ私は、「教師」ではないものの、教育の世界に深く惹かれ、一度辞めてみたものの、二年ほどのブランクを空け、またその世界に舞い戻ってしまった。

 

でももう既に以前と同じところで葛藤している。

本当に子供のことを考えたら、一人一人に莫大な時間を費やさなくてはいけない。

それなのに自分はいつも、「先生」である自分と「作家(自称……)」である自分を使い分けようとしてしまう。生徒のために自分のすべてを捧げることができない。そしてそれを、「自分は作家を目指しているから」という言葉でごまかしている。

ただ今は個別指導の塾だし、時間的にタイトではないただのアルバイトなので、まだ以前ほどの苦しさは感じていない。

 

前は一人一人に向き合う時間的・体力的な余裕が欠片もなく、本当はじっくりと話し合ってフォローしていかなくてはならない生徒を大声で注意して押さえつけ、授業の流れを守ることしかできなかった。

それでもなぜか上司や役員は私の力を認めてくれていた。「子供と接する才能がある」と誉めてくれた。そして確かに私のことを慕ってくれる生徒も数多くいた。

でも一方で、私に対し、反抗心をあらわにする子もいた。私はそういう子を、大人特有の冷めた態度で切り捨てなかっただろうか。

 

私は自分の考える理想の「先生」像からは、はるか遠い。

そしてたまに「こんなふうにできるようになりたい」と私に思わせてくれる先生には出会えるけれど、「これこそが完成形だ」と思える先生には出会ったことがない。

多分、私は「先生」というものに対してとても高い理想を持っている。

 

水谷さんは実際に会ったら、「この人こそ本当の教師だ」と思える人なのだろうか。いや、そんな人はどこにも存在するわけもないのかもしれない。

 

ノンフィクションだからこそ

この本は飾らずに、自分の失敗した例、自分の子供時代の話も書いていて、だからこそ心を打たれる。

作家が書いたらもっと物語的にしてしまうようなことを、とてもあっさり事実だけ並べている書き方も、真実の形があっていい。

 

ただ一つ、どうしても気になった文章があった。

知り合った子供を暴力団から抜けさせるために自分の小指を差し出したという話のまとめだ。

「それを思えば指一本、なかなか痛かったが、安い買い物だった」……なんだかきれいごと過ぎる気がした。

 

でも、この本の終わりの方で、自分が夜回りをしているのは子供のためではなく、自分が淋しくて子供と仲良くなりたいからだと書いている、その言葉は良かった。

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