ノンフィクション

原田正治 「弟を殺した彼と、僕。」

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 1983年、「半田保険金殺人事件」で弟を殺された原田さんの手記。

 自分からはなかなか手に取らないタイプの本なのだけれど、人に勧められて読んでみた。

 上手く言えないのだけれど、とても深い話だった。人はなかなか自分が経験していないことは理解できないし、思いこみから間違った解釈をしてしまうことも多いのだなと言うことを感じた。「家族を人に殺される」という、普通の人はしない体験をした原田さんの言葉は、そう言った意味で、とても貴重なものだと思う。

 原田さんの弟の死は、初めは「交通事故」だった。でもそれが、一年後、保険金目的の「殺人」だったということが発覚する。

 弟の死後、色々親切にしてくれていた、弟の数ヶ月間の「上司」である「長谷川君」が、その犯人だった。……というところから話は始まる。

 弟は殺されていたと知ったショック、「長谷川君」への憎しみ、殺人事件というものによって踏み荒らされる家族との平和だった日々。そして、平和だった日々を壊した「長谷川君」へのさらなる憎しみ。

 本の初めの方はそういう、私たちにもある程度「理解」できそうな感情が綴られている。原田さんは初公判を見に行ったとき、マスコミに「死刑は当然です」と応える。

 でも物語は動き始める。

 長谷川君から届く謝罪の手紙を、原田さんは少しずつ読むようになる。長谷川君は地裁、高裁で「死刑」の判決を受け、それと前後して、弁護士の薦めもあり、キリスト教信者になる。原田さんは決して長谷川君を赦す気持ちにはならなかったけれど、ある日、ふと思い立って長谷川君に返事を書く。それから少しずつ、二人の文通が始まる。

 原田さんはさらに長谷川君に面会にまで行く。原田さんは実際に長谷川君に会って、彼の謝罪が口先だけではないということを感じ取る。キリスト教徒、その周辺の人との関わりにより、彼が以前の彼ではなくなっていることに気付く。
それと前後して、原田さんは「死刑廃止」の運動があるということを知り、興味を持ち始める。

 長谷川君を赦したわけではない、減刑を望んでいるわけでもない、でも、長谷川君と会って話を続けることが自分の一番望んでいることの気がする……原田さんはそう思い、「犯罪被害者」でありながら、死刑廃止運動に参加し始める。

 というのが大まかな流れなのだけれど、こういうのを読むと、とても「想像力」では生まれてこないだろう、リアルで生ものの「感情」が伝わってきて、本当に興味深い。

 原田さんは本の中でしばしば、「死刑は被害者の家族のためにと言ったり、犯罪被害者について分かったつもりでいるけれど、犯罪被害者も死刑囚も一人ひとりの人間であり、いっしょくたにできるものではない。被害者のためにと言いながら、本当に被害者が求めているものをきちんと考えようとしている人がどれだけいるのか」というようなことを言っている。

 そう言われると本当、人間の想像力ってなんて狭い範囲でしか働かないのだろうと思う。

 この本は知り合いが、「知り合いが読んでいたから読んで、良かったから」と、薦めてくれたものなのだけれど、こういう本は本当、色々な人に勧めて、口コミで広めていくべきものだと思う。

 実際に、こういう立場にある人にどんなことをしてあげられるのかと考えると難しいけれど、今、日本にはこういう問題があり、こういうことで苦しんでいる人がいるのだということを、人に伝えていくだけでも、価値のあることだろう。

 ただこの本には、「死刑」について「死刑囚との面会について」という具体的な問題提起もあるのだけれど、それ以外の、原田さんと長谷川君という二人の人間の、「加害者・被害家族」というものを超えた、人と人との向き合いかたなども書かれていて、感動した。

 人はいい出会いにさえ恵まれれば、いい人間として生きて行かれるのかもしれない。

 原田さんがこれから、幸せな人生を歩めるよう、祈ります。

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