芸術に関する考察

夢と小説(小川洋子さんのインタビュー記事を読んで)

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 数日前、朝日新聞の夕刊に珍しく小川洋子さんが登場していた。しかもこの間日記でも紹介した江成常夫さんの「原色の夢」の中の写真が挿絵のようにされていたので、ますます嬉しかった(ただ別にそれはイメージ写真で、小川さんの話とは関係なかったのだけれど)。

 小川さんはそこで、「小説を書いているとき、繰り返し同じ場所にいる気がする。それが私にとっての夢に近いものです。具体的な場所ではないが、作品はいろいろでも、対象との距離、光の加減、湿度、空気がいつも同じ」と語っている。そしてそれは「洞窟」のイメージに一番近いと言う。
 
 確かに小川さんの作品の中で、洞窟のシーンが印象的に使われているものもある。ただ本当に洞窟を描いたものを私はひとつしか思い出せない。でも、他の場所を書いていても、雰囲気が洞窟なのだろう。小川さんの言いたいことが、なんとなく分かる。
 
 私は小川さんの作品を読むとき、おもしろいストーリーやためになるテーマなど期待していない。ラストがどうなるかもあまり関心がない。なぜ小川さんの本を手に取るかというと、読んでいる間、心地よい空気を感じられるからだ。いつ、どの作品を開いても、期待した空気が広がっている。それはかなり大きい。

 ストーリーやキャラクターを作るのが上手い作家は、読む作品ごと、どうしてこんなに違うキャラクターを作れるのだろうと感心するほどのレパートリーを見せてくれる。ミステリーやエンターテイメント色の強い作品を読むときはそれも一つの楽しみになる。

 ただ私の場合、ストーリーのおもしろさを求めてではなく、作品の心地よさを求めて本を手に取ることが少なくない。その場合、視点人物の性格や思考パターンが似ているということ、作者がこだわる場所や空気の表現がしっかりなされていることがポイントになるような気がする。
 
 ストーリーはあまりなく、登場人物の性格も変わらないと、下手したらマンネリになってしまう。でもそうならない一歩手前で踏みとどまり、いつも同じ質の空気を読者に提供し続けることは、私はとても価値のあることに思う。

 私の作品世界の原点を、小川さんの「洞窟」みたいに、具体的な場所として指定するなら、多分、「海の底」や「水の中」になると思う。私の描く主人公はいつも、なかなか人と分かり合えない。常に人と少しだけ距離を保っている。それはもちろん、私自身の性格なり価値観によるところも大きい。ただそれ以上に、自分の周りを、ある程度厚みのある水の膜が覆っている、そんな感覚を私は一番心地よく感じるのだろう。べたべたくっつきすぎる関係は描く価値のある美しいものに思えないから。

 昔見た懐かしい夢、夢なのか現実のことなのかもう区別のつかない懐かしい過去の記憶を呼び起こそうとするときの柔らかい感情……そんなものに近い感覚を人に伝えられる作品を書きたいな。

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