ノンフィクション

「告白-私がサリンをまきました」

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 サリン事件の実行犯・林郁夫受刑者が、罪を自白し、麻原と対峙するようになるまでのドキュメント番組を見た。役者が当時の取り調べの様子を演じる部分と、実際の被害者のインタビュー、逮捕当時の林の写真などが良いバランスで組み立てられ、上質の番組になっていたように思う。人として、表現者として、見て良かったと思える番組だった。

 林受刑者が、早くから自分の罪を認め、麻原への信仰から「覚醒」していたのは、当時のニュースでも知っていたが、その自白の背景には、取り調べの刑事の根気強い対話があったこと、教団に入信してしまったのはあまりにも強すぎる正義感があったことを知った。
 
 林は以前、本当に有能で、患者からも信頼され、評判のいい「心臓外科医」だった。「心臓外科」を選んだのは、心臓には癌はなく、患者や家族に嘘をつく必要がないからだったらしい。そのエピソードだけで、林という人間の根幹となる価値観や、性格が伝わってくる。そういう人が、どうしても助けられない患者の存在を前にして、「人間以上の力」に頼りはじめたとしても、おかしくはないと思う。
 
 取り調べの刑事は、林を対等の人間として扱い、初め、オウムを頭ごなしに否定したりしない。林が自分自身の言葉で話し始めるのを、じっと待つ。たまたま同い年だったという、二人の向き合い方がいい。林は法廷でも、取り調べの刑事が「人間として信頼できる人」だったから自白したと語ったらしいが、相手に対し、真摯に向き合い、心を開けば、相手もそれにいつかは応えてくれるのではないかと希望を感じさせる話だった。

 ただ、この番組は本当に重く、見ていると悲しくてたまらなくなった。

 それは、いくら刑事が林の心を開き、改心させても、その「罪」は決してなくなりはせず、しっかりと刻まれてしまっているから。被害者の方に、遺族の方に、そして事件とは直接関わりはないけれど、その事件のことを知っているすべての人の心に。

 もっと早く、こういう「幸せな出会い」が訪れていたら、営団の二人の方は死なずにすんだし、林も優秀な心臓外科として多くの人を救えていたかもしれない。そう思うと、「どうして?」という気持ちだけ、大きくなってしまう。オウムに入信するほど思い詰める前に、誰か傍にいる人が、「人間は完璧でなくてもいい。完璧でないからこそいい」ということを教えてあげられていたら、それだけでもっと変わっていたかもしれない。現実に、「if」は存在しない。でも、その過去を塗り替えてあげたいと思ってしまう。

 でも、一つ一つの出会いや出来事には意味のないことなどないと考えるなら、やはり、林の存在価値というのは、麻原の罪を語ることだったのだろうな。「無期懲役」の判決をうけ、「死ぬことさえも許されないのですね」と言ったそうだけれど、どんな形であっても、彼が罪を償えたらいいと思う。

 こういう番組を見ると、自分は人間として他の人のために何が出来るのだろうと考える。そして表現者として、こういう「ノンフィクション」と同じほどの価値あるものを作れるのだろうかと、思う。どちらも難しいことだ。

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