最近ちょっと伊坂さんの新作を追えていなかったのだけれど、「『ガソリン生活』はおもしろいよ」という話を聞いていたので、久しぶりに手に取る。
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ええええ???
燃料を燃やし、ピストンを上下させ、車輪を回転させて走行する、あの躍動感こそが生きている実感であるから、路上を走るのはもちろん痛快な時間だ。
その一方で、エンジンが停止し、電子機器が止まった駐車状態も嫌いではない。
隣にほかの車がいれば会話を交わし、社会事情について情報交換ができるし、もし自分一人きりであったとしても、静かに回りを眺め、思いを巡らせることができる。
『ガソリン生活』の冒頭は、こう始まる。
一文目から「銀行強盗に遭うなんて思いもしなかった」とか「モデルガンを握って、書店を見張っていた」とか、そんな「うん?!」という出だしから始まる、伊坂さんの他の作品と比べて、ずいぶん平和で、普通っぽい書き出しだなぁ、と思う。
が、その思いは、次の文章で、「???」に変わる。
「次にいつエンジンをかけてもらえるのか、その時のことを夢想し、」
エンジンをかけてもらえる? も、もしや......この本の主人公って、車なのか???
そして2行後、「人や動物と、僕たち自動車の共通点や差異について、思いを巡らせる」。
おぉ、やっぱり、車なんだぁ......。
ということで、この小説の主人公は、望月家という大学生の男の子、高校生の女の子、小学生の男の子とその母親の四人家族の所有する車だった。
緑のデミオ。
車の視点だけで400ページの推理小説が書けてしまうすごさ
この小説の設定では、車は車同士、そして電車とは話せるし、自分のなかや周りで交わされている人間の会話は理解できるが、人間と直接話すことはできない。
そんな設定で、400ページを超える小説がどうして書けるんだ、と思うけれど、まるで違和感なく、読めてしまう。
緑デミオにも、隣人の車、古いカローラの「ザッパ」(持ち主の校長先生が、フランク・ザッパの大ファンで、ザッパの自伝に書かれている名言が口癖のため、車にもそれがうつっている)にも、次第に愛着が湧いてくる。
そして本当に街中の車にも、感情と思考があるのではないかと思えてくる(笑)
特に、ほとんど地下の駐車場に眠らされてばかりで、ほとんど洗ってももらえない、うちの車はかわいそうだ......とも......。反省。
また、デミオや周りの車が「人間というのは......」と哲学的に語る部分も結構あるのだけれど、人間に語られたら鬱陶しく感じられそうなことでも、なぜか車が話していると、変に受け入れられたりして。それもおもしろい。
全体的にはハートウォーミングなミステリー
全体的なストーリーは、伊坂さんらしい、色々な伏線とその綺麗な回収によるミステリーになっている。
緑のデミオという、本当に偏った一つの視点だけで、よくここまで多面的にストーリーが語れるな、と思えるほど、視点が限定されている窮屈さを感じさせず、流れをしっかり読ませる作品だった。
うーん、やっぱり伊坂さん、すごい! その一言に尽きる作品だった。
色々事件は起こるけれど、基本的にはハートウォーミングな内容なので、心が疲れているときなどに、ちょっとした気分転換としてもいいかもしれない。お薦め♪
※この本読んでしばらくは、街なかで緑のデミオを探し、見つけると嬉しくなった。
ガソリン生活 伊坂 幸太郎
朝日新聞出版 2013-03-07 |