Well Beingの実践

「あること」が見えてくる

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Facebookは最近あまり使っていないのだけれど、たまに見ると、「〇年前の投稿」と何年か前の自分の投稿が出てきて、懐かしくなる。

数日前は、2年前の花見の写真が出てきた。

40人規模の花見だったのかな。すごい賑やかで、みんなでそれぞれ食べ物や飲み物を持ちあい、ビンゴをしたり、ジェンガをしたり、楽しかった。

 

そんな過去の写真を見て、「どこの平和な国だよ」と思った。

 

すごいね。去年やおととし、当たり前だったことが、今は当たり前じゃない。

ものすごい隔たりを感じる。

でもきっと、来年になれば、日本は「平和な国」に戻っている。

 

そう考えると、不思議となぜか、しあわせな気持ちになる。

 

あ、私は平和な国で、こんな平和にのんきに暮らしていたんだ。そして、また、そんなふうに暮らせるんだ、と思う。

 

当時は、笑っていながらも、人と比べて自分には何か足りないと考えたり、未来の結果を焦って追い求めたり……決してすべてにおいて満たされていたわけじゃなかった。

 

健康のありがたさは失って初めて気づくと言うけど、失わなくても、ちょっと距離が離れると、気づくんだな。

 

きっと来年は、去年よりも、自分は同じ状況でしあわせを感じられるだろうと思った。

そのしあわせ。

 

「目標」は、未来が確かな人だけが持てるもの

以前、自身も目が見えない視覚障害者でありながら、障害者やひきこもりの人の就労支援をするNPOを立ちあげ、活躍されている方の話を聴いた。

その人が言っていた。

「目標って、言葉が嫌いです。目標って、未来が確かな人だけが持てるものなんですよ」

その人は、3歳の時の目の病気にかかり、将来失明するという不安を抱えながら生きてきて、今は光だけを感じられるという状態らしい。

確かに、「いつ、目が見えなくなるか分からない」という人生において、1年後、数年後の未来の「目標」って立てづらい。

 

でもその人は、そう言いながらも、NPOの理事として多くの働きづらい人をサポートし、年間何百回と全国を講演して回っている。

つまり、健常者であり、色々目標を立ててきた私より、ずっと“成果”を出している。

 

これからの世の中、もっともっと、誰にとっても、未来は見えにくいものになっていくのかもしれない。

そういう時代、もしかすると、何年も先の「目標」ではなく、「今、ここ」に集中することが、どんどん問われていくのかもしれない

 

今は本当、「これからどうなる?」と、未来が本当に見えない状態。

でも、そんな今だからこそ、一瞬「未来」が消え、「今」に集中できる心の穏やかさが手に入ったようにも思う。

 

上に書いた方は言っていた。

弱みと強みは表裏一体、と。

「目の見える人に重要書類をシュレッダーにかける仕事を頼んだら、それをチラ見して、人に話さないとも限らないでしょう? 目が見えない人に頼めば、情報が漏れることはない」

なるほど。

 

自分の弱みと強みもそうだし、置かれている環境についても、きっとそう。

悪いだけのことはない。

きっと、今だからこそすべきことがある。できることがある。

そう思って、自分のすぐ足元をよく見ていきたい。

 

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