過去Diary

これからの自分

  今日、やっと内定がとれて、ハッピーです。「捨てる神あれば、拾う神あり」の一言です。至る所で落とされていたので、ただ「感謝!」って感じです。…私って本当にすごい不器用なのかな。それとも、自分には教育に対する「情熱」があると思っていても、本当はどこかで逃げているのかな。

 私は落とされながらも、結構内心、おまえたち見る目ないよ、と思っていました。(そう思えずに、ただ落ち込んでいる時期もありましたが)
 
 ただ、今日もある企業の面接を受けてきたのですが、その中の一人の人と一緒に途中まで帰ってきました。電車を乗り換えて、そこで逆方向で別れたのですが、そこの切符売り場で、その人の前にいたおばあさんが切符を上手く買えなくて困っていました。その人は自然に「大丈夫ですか」と言って、その手伝いをしてあげていました。私は、見るからに「いい人」という人がちょっと苦手なのですが、その人の笑顔がとても、本当に自然で、あーこの人が通って、私が落ちるなら仕方ない、と思いました。まだまだ修行を積まなきゃ。
 
 「この世の中も、捨てたもんじゃないな」と人に思わせられるような人になれたらいいな、と思います。この「日記」には、かっこいいことを書いていても、私はどこまでそれをこなせているのか、とても疑問です。私も「いい人」を目指してみるか。いや、「いい人」は自分を「いい人」と感じることもないのでしょうね。それが、「自然」なのです。それは、心がけかな、生き方かな。

 でも、本当に「就職活動」はしてみてとても良かった、と思います。不況で、大変なのも良かったのかもしれない。落とされるということはつらかったけど、色々な人に出会えたことが、大きいです。
 
 結局15社ぐらい塾ばかりまわっていたので、それぞれの社長さんが教育について考えていることを話してくれたのを聞くことができたこと。同じように、「先生」になりたいと思っている人と話して、みんな本当に魅力的な人だな、と思えたこと。
 
 意外と私は楽しんでやってきたのではないだろうか、と今になると、やめてしまうのが惜しくなって、とりあえずもうちょっと魅力的なところには、行き続けてみようかな、という気分です。
 
 そんな風に、一般には「苦しい」と思われていることの中にも、何か自分にとってプラスになること、「楽しい」と思えることを探すことができる、という、この「プラス思考」は「脳内革命」ではないですが(ちなみに私はよんでいませんが)絶対必要ですよね。
 
 今日内定を下さった会社の社長さんもセミナーで、「事象を判断するのは人間だ。だから、事象を操っているのは、本当な人間なんだ」というようなことを言われていましたが、そう考えられる人が大成するんじゃないかな、と思います。

 でも、考えてみると、私は高校時代はかなりマイナス思考だったのですよね。演劇部の部長などをしていたのですが、一つ劇を作り終えて、喜ぶべき時に、もうすでに次の悩みを見つけ、落ち込んでいたりして、顧問の先生にも少しあきれられていました。そういえば、受験勉強をしながら、就職活動嫌だな、などとも考えていた気がします。
 
 こんな楽観的に、「今」を大切にするようになったのはいつからなのかな。自分の「核」だと思っていた、演劇すら簡単にやめられてしまって、その時、先の事なんて、考えてもしょうがない、とか思った気もします。でも、本当の原因は分かりませんね。ただ言えるのは、性格は変わるかもよ、ってことです。

 ある塾で適性検査という名の足し算をさせられまして、面接で、その「適性検査」の結果、「あなたは対人関係能力に欠けています」というようなことを言われて落ち込みました。
 
 その塾の面接を受けた人は、みんな腹を立てていたので、その塾の方に問題があったと思いたいのですが、私がどう弁解しても、「これは10年間使っていますが、はずれたことはありません」の一点張り。
 
 でも、考えると、私はきっと「対人関係能力」にコンプレックスがあったから、「小説」なんて書き始めたのでしょうね。昔は本当に自分の意見を口に出せなかった。
 
 でも、そんな自分が嫌で、中学3年生の頃から、「部長」をしてみたり、人前に出るようになりました。それで、だいぶ自分は変わったと思います。
 
 そして、大学に入って、演劇で挫折して、それによって、自分は人と支え合わないと生きていけない、みんなと同じ一人の人間なんだ、と当たり前のことに、やっと気付きました。それまで私は「選ばれし者」のつもりでいたんですね、きっと。それで、人の視点に立って、人と接せられるようになりました。
 
 塾のバイトを通して、やっと初対面の人とでも、気軽に話せるようになりました。
 
 私は自分はそうやって成長してきたと思います。足し算の結果が何を物語ろうと、私は自分のこの数年の成長を自分で信じたいし、「対人関係能力に欠如がある」と言われても、笑い飛ばして、かけらも気にしないでいられる人間に、これから必ずなってやろうと思います。

 「能力」や「自分」というものは、今あるものがそれだとは限らないと思います。これから変わって行くであろうものが、「自分」であってもいいと思います。まず、自分が自分の容量を限定してしまわないこと。自分で自分を信じること。

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