演劇

早稲田大学演劇研究会の思い出 1

8月に舞台の作・演出をさせてもらうのだけれど、演劇界への復帰は25年ぶり!

で、最近よく、昔のことを思い出す。

 

なので少しずつ、演劇関係の思い出を文章にしていこうかと思う。

興味があったら、読んでみてください。

 

東京オレンジ旗揚げ公演

アイキャッチ画像は、1992年の演劇のチラシ!
 
高校の演劇部に招待券が送られてきて、初めて見に行った大学演劇。
 
公演のときだけメンバーで組み立てられる仮設テントは熱気に満ちていて、味わったことのない世界に圧倒された。
 
この公演を見て、絶対早稲田大学演劇研究会に入るんだ!と思った。

これが東京オレンジの旗揚げ公演だった。
 
 
 
実はこの公演には、端役で堺雅人さんが出ている!!

1992年だから、堺さんもまだ新人。

でも、私が大学1年のときには2つ上の先輩として劇研に所属していて、すでに東京オレンジの主役を張っていた。
 
(当時、劇研のなかには、東京オレンジと双数姉妹という2つの劇団があった)

 

堺雅人さん

ものすごい上下関係が厳しいところだったから、堺さんと話した記憶は少ししかない。
 
群れず一人でいることが多く、少しだけ周りから浮いた存在だったように思う。
 
でも公演の打ち上げなどでは、新人の私たち相手にも面白い話を気さくにしてくれるような人だった。
 
今でもテレビで堺さんを見ると、あの頃と変わらないな、と思う。
 
 
 
特別「自分はすごい」などという空気は出していず、自然体だった。
 
でも、大学6年生、8年生などが多いなか、堺さんは3年で大学を中退している。
 
当時は「なんでせっかく早稲田に入ったのに?!」と思ったけれど、今は分かる。
 
堺さんはすでに、一生役者としてやっていくと腹を決めていたんだって。
 
 
 
堺さんがテレビで活躍するようになった頃、ぱっと開いた雑誌に記事を見つけた。
 
そこにはこんなことが書いてあった。
 
「子供の頃、よく偉人の伝記を読んだ。
 
それで不思議に思った。
 
なんで周りの大人は偉人になろうとしないのだろう、と」
 
……子供の頃から、意識が違ったんだな。
 

意識と人生の関係

意識と人生の関係が分かり始めると、
 
「あぁ、あれはこういうことだったのか」と、
 
以前は見えなかった相関関係が見えてきたりする。
 
 
 
今の知識と意識を持って、18歳の頃に戻りたい気もするけれど、
 
でもあの頃の挫折があるから、今がある。
 
進むのはいつも、今、ここから。

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