芥川賞作家である小川洋子さんが、自分の物書きとしての原点である「アンネ・フランク」の思い出の地を訪ねる紀行文。
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目指している作家のひとり
私は「一番好きな作家」を聞かれると一人に絞れなくて迷うのだけれど、自分の作品を読んだことのない人に「どんなものを書いているの?」とか「目標にしている作家は?」と聞かれたら、小川さんの名を挙げることにしている。
実際、文学の仲間に小川さんの作品を読んでもらったところ(私が勧める以前から小川さんの本を読んでいた人に、私は今まで出会ったことがない……(>_<))、やはりどこか似ているのだそうだ。
まぁ、そりゃあ、目指しているのだから、似てもいるだろう……。ただ、物まねで終わってはダメなんだけど!
エッセイでも小川さんの視点と描写はいい
私は小説はそれなりに読むけれど、あまりエッセイを読むことはない。
そのため、この作品も、好きな作家の作品であるのに、今回初めて読んだ。
でも小川さんの小説は、ストーリーより、視点や描写に良さがあるから、この本も、飽きることなく楽しく読めた。
「読ませる」ことに、必ずしも「ストーリー」は必要でないということを再認識する。ストーリーの起伏がなくても、一つの感情が貫いていればいいということか。
そして、エッセイであってもなのか、エッセイである故になのか、他の小説よりも、とても小川さんの思考・視点がたどれ、とても興味深かった。
あまりメディアに登場しない人なのだけれど、多分とても温かい人なのだろうなぁ。自分が作家になった暁に、一番会ってみたい人。
今触れたしあわせを書き留めようとすること
そんな風に感じたのは、「アンネ」という「歴史の中の悲劇のヒロイン」の足跡を辿り、最後はアウシュビッツの収容所まで行く旅を書いているのだけれど、なぜか心に残るのは、つらかったり悲惨だったりする暗いシーンではなく、もっと希望に満ちた明るい風景であったからなのかもしれない。
アンネの隠れていた家の周りにある花屋さんがとてもかわいらしかったこと、近くの公園には柔らかい光が満ちていたこと、アンネの通っていた小学校では今も個性豊かな子供達が遊んでいること、アウシュビッツへ向かう車窓の風景はこの上なく美しかったこと、収容所へ向かうタクシーの運転手さんがとてもよい人だったこと……。
それらは多分、この本の「根幹」ではないのだろうけれど、そんなものが自然にすっと印象に残ってしまう、そんな文章を私は素敵だと思う。
私はユダヤ人の悲劇を描いたものとして、「戦場のピアニスト」のような、本当に救いのない世界の描写も評価する。
でも、どんな状況でも小さな幸せを忘れなかった「アンネ」のことを思い、常に今触れた幸せを感じ書き留めようとしている、小川さんの作品にも、「平和」とか「幸せ」というテーマを感じることができる。