小川洋子

小川洋子「博士の愛した数式」

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 基本的に単行本は嫌いなので、「文庫本が出たら買おう」と思い、図書館で予約して読んだ。でも、数ページ読んで後悔した。「あー、待ってないで買えば良かった!」と。数ページで分かるぐらい、久々に出会えた、ヒットだった。

 私は最近、エンターテイメントと純文学の差はどこにあるのだろう、と少し考えてみた。そして出した結論は、「純文学は、一場面一場面、一つ一つの描写を読ませるもの」「エンターテイメントは、先を読みたいと思わせるよう、点ではなく線を意識して書かれたもの」。
 
 自分自身は、「純文学」らしきものを書き続けているが、やはり読むのはミステリーなどエンターテイメント系が多い。ただ、時々、本物の「純文学」に出会うと、「これこそが文学だよっ!!!」と叫びたくなる。やはり私は、エンターテイメントを読んで楽しみながらも、常に、「文学らしさ」に飢えているのだろう。ストーリーより、シーンが残る小説が個人的には好みだ。

 この「博士の愛した数式」は小川さんの作品の中では、読みやすく、わかりやすい設定になっていると思う。だから、珍しく(と言ったら失礼なのだけれど)、ベスト10に入るほどの売れ行きになったのだろう(本来、小川さんの作品は、コアなファンがつくタイプの作品だと思うので、ちょっと驚いた)。

 小川さんらしさは全く捨てず、でも、多くの人に開かれたこの作品は、本当に優れた作品になっていると思う。「とても真似できません」と脱帽するしかない、「純文学」らしい、完成された世界が描き出されていた。こういう本に出会えると、本当に幸せだなぁ。

 計算され尽くした構成・ストーリーなどとは無縁なのだけれど、それでも、話の流れにすっと載っていける。この作品も他の小川さんの作品と同じように、近づきがたい、少し悲しげなトーンがずっと貫いているのだけれど、それが、「博士」の背負った「80分しか記憶が持たない」というその悲しみと上手くリンクしていて、ラストまで自然に運んでいってくれる。
 
 一人一人の性格、お互いへの思い、行動……それらは「博士」の記憶の中からはすぐにこぼれ落ちていってしまうのだけれど、その分、私たち読者がそれを拾っていっているような気がする。この、幸せなように見えて、根底には悲しいトーンが流れている世界は、本当に美しい。そして、お互いのふれあえそうでふれあえない距離感が、上手く「数字」「数学」の世界のイメージと合っていて、この作品こそが「完全数」になっている感じ。

 あー、もう、褒めるしかないっ!(笑) 是非是非読んで!としか言えない(笑)

 この作品は、決して「泣かせよう」なんて考えられて作られた作品ではないと思うし、この作品を読んでみんながみんな泣けるわけでもないと思うのだけれど、私にはよほど「世界の中心出会いを叫ぶ」より泣けた。

 小川さんの作品の良さは、描写の美しさや特殊な設定などにもあるのだけれど、多分、小川さん自身が持っているのであろう、心の温かさがにじみでていて、それも大きな魅力。

 細かい部分では、時々ちょっとつっこみたくなる部分もあるのだけれど(一番気になったのは、主人公が自分の息子を、博士につけてもらったあだ名である「ルート」と呼ぶこと。博士の前だけならともかく、いないところや、地の文で言うのはどうだろう)、でも、「こういう世界なんだ」と変に納得させられてしまうところがある。この作品に限らず、確固たる世界を描写しているというのが、小川さんの一番の強さなんだろうな。

 全然関係ないけれど、昨日「テレビチャンピオン」で「プロモデラー選手権」を見ていて思ったことと重なった。その中に登場した一人は、勝負に勝つかどうかなどほとんど考えずに、本当に自分が作り出したい世界を、ただ一心に追っていた。その結果、勝負には負けてしまったのだけれど、全然悔しそうでもなくて、「あー、ものを作るってこういうことだよね」ってすごく感心してしまった。

 小川さんも、「人にどう思われるか」ということはそこまで考えていないのだろうな。ただ自分の欲求に素直に書いているのだと思う。

 色々脱線し、長くなったけれど、自分もこれくらいのものを書ける作家にいつかなりたいと思った……というのが結論。新しい記憶を作れない脳の損傷については、以前、是枝さんのドキュメンタリーで見たことがあったのだけれど、そういう状況を作品にしようなんてとても思えなかった。……あー、まだまだだな、なんて思ったりして。でも、頑張ります。

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