過去Diary

卒業式を休んでパリへ

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 卒業式を休んで、パリを旅行してきた。
 
 絵画教室企画のツアーで、他のメンバーは平均年齢60歳、という、おばさんやおばあさんのツアーだったけれど、若い人がいてくれると心強い、と強く勧められて、あと、卒業式に出るより、一人で異国の地を歩きながら、社会に出て、段々と「独立」していくというのは、どういうことか考えるのもいい、と言われて、そんなに卒業式に出たかったわけでもないので、パリに行くことにした。元々一番行きたい国だったから。
 
 そして今日、卒業証書をやっともらいに行った。学生証と引き替えに、早稲田の色である、綺麗な臙脂のファイルに包まれた、証書をもらった。バックに入る大きさだったのに、何だかその重みを味わいたくて、それを抱えたまま、早稲田や高田馬場あたりを意味もなく歩いてみたりした。
 
 久しぶりに入ったキャンパスには、桜がもう咲いていて、学生はみんな新歓気分だった。自分には関係ないんだな、と思ったら、急に淋しくなった。パリで遊んでいた間に、すごい月日が経ってしまったような、浦島太郎にでもなったような気分。でも、大学の構内の卒業式に出て、そして卒業を感じるというのももちろんいいし、それが自然だけれど、でも、そうやって、もう自分はここの人間じゃないんだな、と突き放されてみるのも、何だかいいのかもしれない。

 パリは6日間の旅行だったけれど、向こうにいたのは4日。そのうち2日間は、ほとんどずっと一人で街を歩いていた。4年間勉強したはずのフランス語はほとんど分からなくて、拙い英語と身振り手振りで、どうにか意志疎通を図るというような、お粗末な状況ではあったけれど、まるでそこに住んでいるかのような気分で街を歩いていた。
 
 そのせいか、街角のアンケート調査に引っかかったり、道を聞かれたり、レストランでは、水が出ないのだけれど、と、水の出し方まで聞かれた(笑) もちろんそのどれにも、まともな対応は残念ながらできなかったけれど、でも、何だか、「生活」している、という気がした。
 
 旅というのは、「疑似」の生活だと思う。でも、疑似である分、本物の生活をしているときには感じられないことを、しみじみと感じられたりもするものだ。限られた時間だからこそ、できるものがあるような気がする。
 
 4日は、旅にしては短かった気もするけれど、始めから4日と決められていたから、4日で、とても充実した気分になれた。大学の生活もそうだな、と思う。4年と決められていたから、充実させられた気がする。働き始めたら、学生は楽で良かった、戻りたい、と思うときもあるだろうと思う。でも、今は始めから決めていた「4年」という年月で、決められた単位を取り、卒業し、次のステップの「就職」を向かえられたことに、満足感がある。

 就職したら、そういう「終わり」はいつあるのか分からない。でも、生きることにだって、いつあるか分からないけれど、「終わり」はある。私にとっては、まだ「死」は先のことだけれど、おばあさんたちと旅行をしていたら、そう感じざるを得ない。
 
 一人75歳のおばあさんもいた。その人は、「よい冥土の土産だ」ということを言う。とても75歳に見えない、とても元気な人なので、そんな、まだまだですよ、そう思ったり、言ったりするけれど、でも、本人は全然悲観的なことではなく、とても自然なことのように、そういうことを口にしていた。
 
 この間の正月、祖父の家に行ったとき、祖父の本棚に、「上手な死に方」というような本がのっていて、何だかぞっとしてしまったけれど、でも、それは私がまだ22だから思うことなのかもしれない。今は「死」を口にしてはいけないような気がする。でも、年をとったとき、自然に自分の「死」について話せる人になりたいような気がした。若いときには、生きるためのエネルギーとして、良い「思い出」がいる。そして、老いたときには、気持ちよく死ねるために、良い「思い出」がいる。そんなことを、考えたりして……。

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