過去Diary

再会

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 別れと再会。
 誰かに出会って、自分が変わっていく。それは何か運命に近い。
 
 再会。それも、「出会い」のような偶然だったりする。でも、「再会」したとき、どのような自分で、相手に対せるか。
 
 「別れ」も、仕方ない力によってもたらされたものの時もあるけれど、でも、その「別れ」を自分の中でどう意味づけ、自分の一部にしていけるか。
 
 もちろん「出会い」だって、コントロールできるところもある。でも、意味のある「別れ」と、お互い喜び合えるような「再会」を作ること。それが何だか重くて、でもものすごく大事なことのように思えた。

 昔いた劇団の公演を見に行った。始めにいて、「やめさせられた」劇団。その芝居を見に行くこと自体は、そんなに久しぶりではない。でも、今回は、2年ぶりぐらいだろうか。もう会うことはないと思っていた人にその劇場であった。先輩、Aさんに。
 
 その劇団も大きくなって、なんとパナソニック・グローブ座で公演をしていた。役者さんは相変わらず、ぼろ雑巾になるような稽古を見えないところではしているのだろう。でも、客として、綺麗な受付からその劇場にはいると、何だか全てが淡々と、真っ直ぐ順調に進んできたかのようで……。
 
 大隈講堂の裏。狭いスペースに、仮に作られた、汚いテント。そこに、15人ぐらいの新人が集まって、あざとか傷だらけになりながら、釘の出た床を裸足で駆け回り、喉がつぶれそうなぐらい、大声を出して、その空間を熱くしていた。そう、時々こんな稽古をした。先輩の合図で、体のポーズ(できるだけ苦しいもの)を作って止まり、大声で、何かそのポーズから連想させられる言葉を怒鳴る。一度、なぜそんな言葉を思いついたのか、私は「地の底」と、怒鳴っていた気がする。

 その前の稽古で、私は一度その劇団を辞める決意をしていた。先輩を体を張ったギャグ(?)で笑わせた人から、合格で、舞台から降りられる、と言う稽古で、私は最後まで残されてしまったから。そのとき、Aさんは私のことを鋭く見つめ、側にある腰掛けを、棒きれで殴りつけながら、私のことを怒った。「「私」の18年間っていったい何だったんだよ」それから、低く落ち着いた声で、こういった。「おまえもう、いらない。もうこんどから来なくていいよ。」
 
 前にも一度そういう言葉を言われていた。その時は「もう一度チャンスを下さい」そういってあがいたけれど、その時はもう、やめることを決めた。今の自分の立場に立って、客観的にその頃の自分のことを見れば、「そんなとこやめちゃえ」その時、友達が言ってくれたみたいに、簡単に言える。でも、その時の私には、その場所だけが世界だった。だから、そこをやめると言うことは、死ぬことに等しかった。これからどうやって生きていったらいいんだろう……ただそれだけ。
 
 でも、その時は、Aさんが私に電話をくれた。「明日稽古に来ないか」 Aさんと電話で話したのは、それが最初で最後だ。時々重い沈黙が流れ、Aさんは外にいるみたいで、車が走っていく「ぶん」という音がした。私はその電話を切ってから、思い切り泣いた。

「地の底」その言葉を言ったのは、確かその電話をくれた翌日の稽古でだった。Aさんは、私に気を遣ってくれているのが分かった。自分もテンションをあげ、私のテンションを上げさせようとした。「もっと、もっと、地の底!」そうAさんは言っていた。こんな言葉だけ書き出すと、すごく変な集団。そして、変な関係だ。

 でも、「地の底」それが、私にとって、あの奇妙に熱を持った、汚いテントの中の空気の名だったのかもしれない。そして、「もっと地の底」その言葉に、怒鳴りつけても、それはお前を育てたいという深い愛からなのだという、Aさんの深い優しさが、全て含まれていた気がする。……それは、私がAさんのことを好きだったから、自分の都合の良いように作った解釈かな?

 でも、その地獄の中の愛のような、映画のようなものに、酔ってしまっていたのか、結局それから1ヶ月も経たないうちに、私は本当に、その劇団を辞めることになってしまった。その間の1ヶ月、Aさんは喉を悪くして入院し、他の先輩(その人が、この間のグローブ座の公演で、主役を演じていた=堺雅人さん)が稽古を見てくれた。
 
 その先輩ももちろん怖くはあったけれど、でも、Aさんのように、激しい怒り方はしなかったし、ある程度人を「誉める」事もしたので、私はその人の方がやり易く、少し自信も回復し、Aさんの稽古を少し、余裕を持って、受けてしまった。自分はもう大丈夫だ、と言うような思いがあった。
 
 でも、その1日目の稽古、Aさんは私にあきれたように言った。「かおり、お前全然変わってないな」そしてAさんは最後にこういった。
 
「俺がもしお前の立場だったら、気が狂わずにはいられないよ。お前は俺の理解を超える」

「理解を超える」その一言で、多分私はそこをやめる決意をした。本当はAさんの存在が、自分の世界の全てだったくせに、あなたなんかにわかってもらわなくて結構だよ、と言う強がる気持ちで、そして、果てしなく離れている、私たちの距離について、きっと「死」よりももっと、悲しい何かを感じて。

 それからも、他の劇団で私は演劇を続けた。でも、役者として否定された自分を、自分で肯定してあげることができなくなってきて、結局私は芝居自体をやめてしまった。演劇に関わっている限り、結局Aさんの存在は私の中から消えなかった。
 
 一度他の劇団で、音響を担当した。その芝居の出演者の友達の彼、と言うのがAさんだったらしく、姿を見ることはできなかったけれど、同じ劇場で1時間半を過ごしたこともある。自分は姿を隠した音響なのに、その人がいると言うだけで、手が震えて仕方なかった。同じ大学に通っていたから、何度か道でもすれ違ったし、たまたま同じ劇を見に来ていて、劇場前であったこともある。でも、どうしても挨拶ができなかった。

 前置きが、とても長くなってしまった。おととい、その人に、すごく久しぶりに会った、それだけが書きたかったのに……。
 
 劇場に入る前、ホールのところで私は偶然会った高校時代の同級生と話していた。でも、多分知り合いがいるはずだ、と常に私はホール中を見回していた。2年も会っていないのに、でも、私はAさんのことをいつもきっと半分無意識に探しているのだった。ホールにその姿を見つけたときも、そこまで驚かなかった(Aさんは少し前に、その劇団を辞めている)。
 
 挨拶しに行く気はなかった。向こうが気付かなければ、すれ違う気でいた。でも、別に計算していたわけでもなく、ただ時間になったときに、劇場の入り口のチケットを見せるところに並んでいたら、たまたまAさんが、私の目の前に入ってこようとしたのだ。
 
 知らない人だったら、私の方が早かったし、先に行ってしまうところだったけれど、私は反射的に、歩みをゆるめて、Aさんを私の前に入れた。Aさんは私のことに気がついていなかった。すぐ、手の触れられそうなところにいるのに、振り向かせることもできなかった。淋しかった。でも、先に入っていた、Aさんの彼女さん(その人はAさんと同期だった人なので、私も知っている)と目があったから、挨拶したら、その人も挨拶を返してくれて、Aさんに私の存在を教えてくれたらしかった。
 
 Aさんが振り返った。私はいつになく改まって、深くお辞儀をした。そうしたら、その人も、とても丁寧に、お辞儀を返してくれた。思わず私は、もう一度頭を下げてしまった。多分、お互い2度お辞儀をかわしたような気がする。緊張していて、何だか余りよく覚えていないのだけれど。
 
 でも、すごく嬉しかった。私はAさんの存在を今でも大切に思っている。どれだけひどいことを言われても、それはAさんではなく、あの劇団の信念が、たまたまAさんの口を借りて、私に届けられた、と言うだけの気がしているから。その言葉の奥深いところにあった、言葉にならなかった、Aさんの優しさとか、温かさとかを、私は苦しみながらも、ずっと感じ続けていたから。だから、私はAさんの存在を、決して否定なんかしない。自分が否定されたとき、その否定を取り消すためには、自分を否定した存在を否定すればいい。そう分かっているけれど、私は自分の受けた「否定」を受け入れてでも、その人のことを否定したくない。……そう、そして、Aさんはきっと、おとといのその丁寧なお辞儀によって、「今の私」のことは認めてくれたんだ、と信じる。
 
 バカなことだけど、おとといになって、私はやっと気付いた。私は「自分はこの人にやめさせられたんだ」という思いで、その人に対してある種の息苦しさを感じていたけれど、その人もその人で、「自分がこいつをやめさせ、こいつの夢を潰したんだ」と、思っているに違いない、と言うことを。初めて、その人の立場になって、ものを考えた。大人になったのかもしれない、と思った。
 
 「お久しぶりです」とか「今は何をしているんですか」とか、聞きたかった言葉は、何だか重くて、出てこなかった。でも、本当はほんの一瞬だけれど、でも私にとっては、すごく長い時間のように思えたその時間。その時間だけで、十分だった気がした。
 
 でも、今度、社会人になって、自分の仕事をきちんとこなしているという誇りを持てるようになったぐらいの時に、またAさんには会いたいと思う。そして、一生懸命、自分の「夢」のために働いていますよ、という姿勢を見せたいと思う。

 あなたは決して私の夢を潰したわけではなかったと言うことを。あなたに否定されることで、初めてちっぽけな自分を感じ、同じちっぽけで苦しんでいる人を、励ませる存在になりたいと初めて思って、それが新しい夢になったと言うことを、伝えたいと思う。そんな長い説明文じゃなく、きっと、「元気に働いてます」と、笑顔で言えれば、それできっと、全ては伝わると思う。
 
 自分を愛せるように、「今」から目を逸らさずに、真っ直ぐ生きていこう。そして、またあの人に「再会」したいと思う。大好きな自分で。

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