映画(さ行)

「下妻物語」

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 野ばらファンのくせに観るの遅いのですが……やっと観てきました。

 いやぁ、良かったですっ!
 映像の切り替えの上手さ、わざとコントラストを高くしたエネルギッシュな映像、くすっと笑える部分のちりばめ方の巧妙さ、監督・脚本の上手さを感じた。
 でも、まわりはかなり笑いに包まれ、すすりなくような音は聞こえなかったのだけれど……なぜかかなり泣けてしまいました。

 野ばらさんの作品は、理屈ではなく心にせまってくる。シンクロしてしまうという感じなのだろうか。山崎まさよしの切ない曲を聴いていても似たような感じになって、あまりにつらくなりすぎてしばらく曲を聴けない、というくらいになってしまったりするのだけれど、波長みたいなものがふっと合ってしまうのかもしれない。

 もちろん野ばらさんの作品のすべてを無条件で好きだと思えるわけでもないのだけれど、多くの作品では、「批評」する視点をいつのまにか忘れて、もう純粋な読者になって浸ってしまえたりする。

……自分で表現をしていない人には分からないことかもしれないけれど、長く小説を書き、プロになるためにはどうしたらいいかということばかり考えている人間は、どんな「表現」をみても、なかなかそれを純粋な「受け手」として味わえなくなってしまうものなのだ。だから、作品を「分析」することを忘れ、その内容に浸りきってしまっている自分に気づくとき、それだけで「この作品ってすごい!」と感じたりしてしまう。

 多分泣けてしまったのは、2人の「熱さ」に対して。異質なものを受け入れるにはエネルギーがいる。それに自分を合わせるにはもっと力がいる。でもそれを2人はやってしまう。純粋な自分の内部の欲求として。それが良かった。私は基本的に冷めていて、自分と違う人のことは「それはそれでいいんじゃない」と認める素振りは見せながらも、「どうでもいいもの」と切り捨てている。

 この映画の2人みたいに学校の中で完全に孤立してしまったりしたことはないけれど、だからこそ、なのだろうか、こんなふうに心から求め合い、認めあえる友達を作れたことはないような気がする。

 高校生の頃までに、そんな関係を人と築けていたら違ったかな、なんてことを思った。
 そういう関係を作っている2人が羨ましく、そして愛おしく感じられ、感動してしまった。

 野ばらさんの作品は、いつも「孤高の人」が同じように世の中になじめない人と出会い、2人だけで分かり合い、世界を築いていく……という感じなのだけれど、他の作品はある意味「似たもの同士」の2人が当然のように結びついただけのような感じもする(ただそれでも充分素敵なのだけれど!)。でも、この作品の2人は全然違うのに、努力してつながり合おうとしている。それが良かった。

 深田恭子もいいのだけれど、土屋アンナが良かった。惚れこんじゃった。うわぁー、暴走族やりたい!って(笑) もちろん三十近い既婚者が今更そんなことしてもバカなだけなのでしないけどねー。とりあえずバイクの免許取る前に、車をちゃんと運転できるようにならなきゃだし(私はペーパードライバーです)。

 次は原作を読みます。……ってこれまた、野ばらファンにしては遅すぎなんだけど……(笑)

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