美術

整った表現:「ユージーン・スタジオ 新しい海」

久しぶりに
東京都現代美術館へ。
 
 
3つの展示が
同時開催されていたのだけれど、
 
★ビデオ彫刻の分野で活躍した
 久保田成子さんの
「Viva Video!」と
 
★現美初・平成生まれ作家の個展という
 寒川裕人さんの
「ユージーン・スタジオ 新しい海」

 
の2つを見た。
 
 
両方見て感じたのは、
やっぱり時代は変わっているんだな、
ということ。

 

久保田成子「Viva Video!」

久保田さんは1937-2015年に生きた人で、
 
初期の作品には
「女性性解放」の色も濃い。
 
 
考えてみると、
この時代の作家の表現は、
「エネルギッシュだけれど、どこか痛い」
ことが多いように思う。
 
創ろうとする力と、
壊そうとする力が拮抗して、
そこで火花が飛んでいるような、
そんな表現が多いような気がする。
 
去年見た「石岡英子展」にも
そういうエネルギーを感じた。
 
 
以前私も、
作品創りとはそういうものであるべきだと
多分思っていた。
 
「鶴の恩返し」のつうが
自分の羽をむしって機を織ったように、
表現には痛みが内在しているものだと
思っていた。
 
そして表現とは、
外の世界に対する戦いの一種だとも
半分無意識に思っていたかもしれない。

 

「ユージン・スタジオ展」

それに対して、
ユージーン・スタジオ展は、
静か。
 
静寂。
 
戦いではなく、哲学。思想。

 
 
ユージーンさんの表現も非常に個性的で、
その思想は独自性に富む。
 
でも、その特異性を
外にアピールしていないのかもしれない。
 
ただ淡々と、
自分が見ている世界を
見ているまま誠実に表現しているように感じた。
 
外に向けて声高に叫んでいないから、
静かなんだ。

 
そして、外に向かっていないから、
軸があって、確かなんだ。

 
 
ユージーンさんの作品と対峙して
一番感じたのは、
「整っている」ということだった。

 
 
久保田さんの作品のあとに見たから、
余計そう感じたのかもしれない。
 
 
自分のすべてをぶつけて
はじけさせたような
痛みを感じさせるほどの
エネルギーある作品を作れる人を
羨んでいた。
 
 
でも、
自分が本当に好きだったのは、
静寂であり、
淡々とした確かさだったのかもしれない。
 
 
そして結局、
本当にいい作品を創りたければ、
自分自身を
正しい位置に整えておくしかない。
 
最近、切にそう感じている。
 
もっと心を整え、真実を見たい。

 
 
「ユージーン・スタジオ 新しい海」は
私が美術館に求める感覚を
たくさんくれた。
 
2月23日まで。
是非見に行って欲しい。

写真

ユージーン・スタジオ 「この世界のすべて」

ユージン・スタジオ「善悪の荒野」

久保田成子「スケート選手」

久保田成子「韓国の墓」

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