今年の直木賞を受賞した伊与原さんの『藍を継ぐ海』を読んだ。
伊与原さんの作品を読むのは初めてだったけれど、他の作品も読みたくなるくらい、はまった。
Contents
密度の濃い短編集
『藍を継ぐ海』は短編集。
連作短編でもなく、それぞれ完全に独立した短編5作で構成されている。
それぞれは単行本で50ページずつくらい。
なのに、どれも非常にしっかりと構成された作品で、長編5作読んだくらいの満足感がある。
読み始めてすぐ感じたのは、「この人の作品、密度が濃い!」ということだった。
プロフィールによると伊与原さんは「東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了」だそうで、あぁなるほど、博士と思った。
本の巻末には、5ページくらい参考文献やら、お世話になった取材先やらが並んでいて、これが密度の濃さの正体か、と分かる。
もちろんノンフィクション作品ではないから、ある部分から先は伊与原さんの想像力で作り上げられた世界と物語なのだけれど、その土台が圧倒的な知識量と事実と史実で固められているから、揺らがない感じ。
知識とエンタメ性の両立
ただそう書くと、非常に小難しくて、読みづらい作品のように思われるかもしれないけれど、そうではない。
膨大な知識を持ちながらも、それを詰め込むことなく、要所でしっかりと展開し、物事の説明が物語の邪魔になっていない。
それに軸にあるストーリーはしっかり読者の好奇心をかきたて、エンターテイメントとしても読める。
つまり、エンタメ小説として楽しく読みながらも、読者は気づくと様々な知識が得られていて、自分がちょっと賢くなったような気分になれ、一粒で二度おいしい、みたいになっている。
私は歴史小説はほとんど読まないのだけれど、きっと面白い歴史小説を書く作家さんも、こういうスキルを持っているのだろうなと思った。
そして、歴史ではなく科学分野でそれをできる人はきっと限られていて、だから伊与原さんの作品は、希少性が高く、注目されるのだな、とも。
地層とか隕石とか海流とか
5つの短編は、ざっくりまとめると「岩石と土の話」「狼の話」「原爆によって残された物の話」「隕石の話」「ウミガメと海流の話」。
どれも確かに「地球惑星科学」に繋がっていそうなテーマ。
どれも田舎の話なのだけれど、その場所場所の風景がリアルにイメージできる。
それも良かった。
私は特に最後のふたつが好きかな。
科学や自然の話でありながら、結局はすべて人の話で、最後はどれも少しほっこりとする。
エンタメだけれど、ちゃんと「文学」で、これは文句なく直木賞!という小説だった。
伊与原さんの作品は、また読みたい。
『宙わたる教室』
ちなみに伊与原さんの『宙わたる教室』という作品はNHKドラマになり、今はAmazonプライムビデオでも見られる。
まだ3話までしか見ていないけれど、こちらもとても良い。
定時制高校を舞台に繰り広げられる、こちらは連作短編的物語。
主人公は感情をあまり表に表さないクールな科学教師。
それを窪田正孝くんが演じている。
窪田くんも好きな役者。
よく見るととても整った顔をしているのだけれど、なぜか「あまり格好良くないのに、いいんだよね」と言いたくなる雰囲気(笑)
窪田くんも絶妙な立ち位置にいる役者さんだなと思う。

伊与原 新
『藍を継ぐ海』