過去Diary

不得意・不可能・可能

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 人には、得意なことと不得意なことがあります。私は、人に自分の意見を言うのが苦手のようです。筆記試験で落ちることはないのですが、面接はいつもぼろぼろになっています。教育について、考えていること、大学時代に学んだことなど、文章にしようとすれば、原稿用紙100枚ぐらい書けるかもしれない(それは大袈裟だ!)のに、面接になると1枚分もまともに話せない。嫌になってしまいます。でも、あきらめるのはたやすいけれど、「不得意」なことは「不可能」なのだろうか、と考えます。

 今日は、また東京は土砂降りでした。クロネコヤマトの人が、「この雨じゃ前も見えないよ」と、携帯で仲間の人と連絡を取っていました。私も実は、去年1年ほど、そのような立場で、雨にぐしょぐしょにされながら、宅急便を配っていました。だから今、どんな激しい雨の日も、傘が差せるだけいいよな、などと考えている人間です。本当は、春休みの間だけの短期のつもりだったのですが、なぜかやめられずに、大学のあるときも、朝8時から10時半まで宅急便を配ってから、授業に行き、週2回はそのあと、塾のアルバイトにも行きました。別にそこまで生活に困っていたわけでもないのですが…。ただ、そこの社員さんや、バイトのフリーターの人などと仲良くなってしまって、やめられなかったのだと思います。

 でも、はじめは大変でした。宅急便を配っている人たちは、大学を出ていない人がほとんどです。私は、劇団の友達など、そういう友達がたくさんいますし、別にだから自分とどう違うなどとは考えなかったのですが、社員さんの方は、始め、早稲田生を使うということに抵抗があったらしく、私が何か少し失敗をすると、「そうだよね、台車なんてさわったこともないんだろ」と言ったり、「きみは頭いいからね」など、本当に「不当な」いじめを受けていました。
 
 クロネコヤマトには「タイムサービス」といって、朝の10時までに届けなくてはいけない荷物があります。雨の日、9時58分頃、間に合わない!と走っていた私は、水たまりの上に、綺麗にこけました(^^;)。恥ずかしいし、あと2分だし、私は何事もなかったかのように立ち上がって、また走りました。そうしたら、それを社員の人が見ていたらしいのです。それを機にか分かりませんが、次第に社員さんたちも、私を「仲間」として、受け入れてくれるようになりました。
 
 すっかりその頃には自分も「ブルーカラー」のつもりで、掃除のおばさんや、工事のおじさんや、他の宅配便のおじさんたちと挨拶を交わすようになっていました。私の配っていたのは、京橋で、ほとんどオフィスなのですが、綺麗なビルなどは、正面玄関や、社員さんの使うエレベーターを使わせてくれません(台車がいけないのは分かりますが、制服を着ているだけでです)。「ホワイトカラーむかつくよ」などと、いつの間にか私は、社員さんと意気投合していました。どこまで本気か分かりませんが、今でもバイトの友達を通して聞いたところ、「池ちゃん、就職失敗して、帰ってこないかな」といっている人もいるとか…。成功を祈っていてくれ、とは思いますが、嬉しいことです。

 これは、一見「不可能」だと思えたことを「可能」にした話です。

 強い雨が降ると、その雨に負けなかった、強い自分と、何かを「可能」にしようとしていた自分を思い出します。

 それから、私がこけたところを見ていた社員さんが、送別会の時、自分の過去を話してから、こう私にいいました。「池ちゃんは今、俺たちよりも高いスタート地点にいる。だから学歴だけで、大きな会社に入る、ということだけは欲しくない。4月にでも、自分はこう思って、こういう将来を決めた、と堂々と言えるようにして、俺のところに来い」酔っていたし、その言葉をその人が覚えているかは分かりません。でも、もう就職活動なんてしたくないよ、と思い始めたこの2,3日、よく雨が降る。そのことが、なんだか自分に対するメッセージのように思えて、負けられないな、と思うのです。

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