過去Diary

「桜桃の味」

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 今日は、アッバス・キアロスタミの「桜桃の味」という映画を見た。彼の作品には、静かすぎて、疲れているときには、眠りに誘われてしまうものが多いのだけれど、でも、きちんとその世界にはまりこめれば、見たあとに心がちょっと温かくなって、前向きに生きられるような気がする。
 
 彼の作品を見るのは3回目だけれど、今回のが一番お薦め。「ウナギ」と一緒に、カンヌの賞をとった作品らしい。静かに、心の奥深く、訴えてくるものがある。
 
 ストーリーを一言で言ってしまうと、自殺を決めた人が、その介添え人を捜して、車で走り回るけれど、なかなか見つからない。それを拒む人たちとの出会いと会話によって、その主人公が、少しずつ、生きることの意味を思い出していく……という、結構物語めいたもの。
 
 でも、その中での、そこまで多くない台詞が、一つ一つ、重たく響くような気がする。死を決めて、自分にとっては、人の言葉を聞くのが最後かもしれないと思っている主人公には、なおさらそうなのかもしれない。その、一つ一つの言葉と、ゆっくりと流れていく映像と時間を、一緒に味わって欲しい映画。

 その中でいくつか心を打つ台詞があったので紹介したい。まず、自殺を決めた男の台詞。「自殺は罪だけれど、不幸も罪だ。不幸な人は、人を傷つける」
 
 でも、そんな男に、その自殺の介添えを3回目に頼まれた人は自分の経験を話す。
 
「昔、何もかもが悪い方向に行って、死のうと思った。木に登り、縄を結わこうとした。そのときなにか柔らかい物が触れた。桑の実だった。それを一つ食べた。おいしかった。それから二つ、三つ……。そうしているうちに、夜が明けた。美しい朝日、美しい光景だった。子供たちが来て、木を揺らしてくれと言った。木を揺らした。落ちた実を、子供たちが食べた。死を置き忘れて、桑の実を妻への土産にして帰った」

 主人公は言う。
 
「桑の実を食べたことで、物事が変わったと?」

 その男は答える。
 
「物事は変わらない。でも、自分の心が変わった」

 そしてそれから、トルコの笑い話をする。
 
「あるトルコ人が、医者に行って、言った。『体の至る所が触れると痛い。頭に触ると頭が、足に触れると足が、腕に触ると腕が……』医者は言った。『それはそうでしょう。指の骨が一本折れていますから』」それから、自殺を考えている男に言う。「あなたもただ、心が病気なだけです」

「世の中には、良い出来事と悪い出来事があるのではない。ある出来事を良いとか悪いとか感じる人間がいるだけだ。」前にも「日記」に書いたけれど、これは私が勤めている会社の社長さんが、セミナーで言われた言葉。その言葉は自分の心に結構残っている言葉だけど、その言葉と近いものが、その「トルコ人の例え」にはあるな、と思った。

 生きていくことは、つらくて、苦しくて、難しいものなんだろうか。本当に。

 「生きることは楽しいよ」と言っても、今までは、「学生だからそんなこと言ってられるんだよ」と一笑された。確かに就職して2週間、働き始めると、嫌なこと、逃げられないことが多いな、と感じる。でも、休日には、近くの川縁まで行って、そこを意味もなく歩いて、自分のリズムを取り戻そうとしたりする。やまぶきがきれいに咲いていた。嬉しくて、ファインダーを覗いた。家族連れが来て、「綺麗だな」と言ってから、私に向かって「これはやまぶきですか?」と聞いた。それから、今度はご年輩の二人の女性が来た。「綺麗ね。写真でも撮ろうか」と言っていたから、「撮りましょうか?」と話しかけてみた。幸せって、ただこれだけの事じゃないか、と思った。

 人の心なんて、単純だよね。ちょっとしたことですぐに変わる。そのちょっとした、幸せを感じられるきっかけを、自分が作れたらいい。
 
 同じように今年就職した友達から電話がかかってくる。なぜか、その友達たちに比べて、私は元気で、「元気だねぇ」とびっくりされたりする。それはもしかしたら、ちょっぴり空元気? でも、電話を切るときに、「けこ(私のあだ名)と話していたら、何かちょっと元気になった。良かった」と言われる。それだけで、私の空元気も、本当の元気になっていたりする。前はそういえば、人を元気にさせたい、と思うだけだった。でも、今は、お互いに、「幸せだと思える小さな契機」と与えあえる、関係を大事にしたいと思ったりする。

 私は、あなたを元気にするお役に立てましたか? 私はあなたから、今日、生きていくために必要な、ほんのちょっとの勇気をもらいました。

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